特定財産承継遺言と遺贈の違い
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第8章 相続 #383/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
「相続させる」と「遺贈する」は何が違うか
図:冒頭の設例
- 父(A)が亡くなり、相続人は長男(B)と長女(C)
- 遺言に「自宅は長男に相続させる」とある
- もし「自宅を長男に遺贈する」と書いてあったら、長男の手続や立場は変わるのか
父が亡くなりました。相続人は、長男と長女の2人です。遺言には、自宅は長男に相続させる、と書いてあります。もしこれが、自宅を長男に遺贈する、と書いてあったら、長男の手続や立場は変わるのでしょうか。遺言の文言が違っても、現行法では、変わらなくなった点がかなりあります。登記の申請の仕方も、農地の許可も、法定相続分を超える部分に登記が要る点も、そろいました。答案で問われやすい違いを3つに絞ります。放棄の仕方、遺言執行者の権限の条文、受け取る人が先に亡くなったときの根拠です。答えは、途中で材料をそろえてから出します。前回までは、遺贈を見ました。遺贈は、死亡と同時に所有権が受遺者に移る、物権的効力を持つのでした。承継の原因の一覧でも、遺贈は177条、相続させる遺言は899条の2、と分けました。今回は、その相続させる遺言の本体です。何度か、別の回で見ます、と送ってきた話に、ここで決着をつけます。
図:今日の地図
道筋は7つです。1つ目、遺言で遺産の分け方を決める、遺産分割方法の指定。2つ目、その中の、特定財産承継遺言。3つ目、割合を決める遺言、つまり相続分の指定との区別。4つ目が今日の中心で、遺贈との見分け方です。5つ目、効果と対抗要件、遺言執行者の権限。6つ目、受け取る相続人が先に亡くなったとき。7つ目が、冒頭の答えです。
遺産分割方法の指定
図:遺産分割の手続の地図
遺産の分け方は、4つの手続で決まります。遺言による指定、相続人全員の協議、家庭裁判所の審判、そして共有物分割訴訟です。今日は、このうち一番手前にある、遺言による指定を扱います。
条文民法908条1項
民法 第908条(遺産の分割の方法の指定及び遺産の分割の禁止)第1項 被相続人は、遺言で、遺産の分割の方法を定め、若しくはこれを定めることを第三者に委託し、又は相続開始の時から五年を超えない期間を定めて、遺産の分割を禁ずることができる。
908条1項です。被相続人は、遺言で、遺産の分割の方法を定められます。自分で決めてもよいですし、第三者に決めてもらうよう委託することもできます。同じ条文には、相続開始から5年を超えない期間、遺産の分割を禁じる定めもあります。この分割禁止は、遺産分割の効力と担保責任の回で見たので、ここでは名前だけ思い出してください。
図:遺産分割方法の指定の2種類
- 上段=分け方そのものを決める(例:自宅を売って代金を2人で等しく分ける=換価分割/自宅は長男、ただし長男が長女に代償金を払う=代償分割)
- 下段=誰が何を取るかを決める(例:自宅は長男に、預金は長女に)
- 下段が特定財産承継遺言
分け方の指定には、2種類あります。1つ目は、分け方そのものを決める遺言です。自宅を売って、代金を2人で等しく分ける。あるいは、自宅は長男が取る代わりに、長男が長女にお金を払う。前者を換価分割、後者を代償分割と言います。2つ目は、誰が何を取るかを決める遺言です。自宅は長男に、預金は長女に。こちらが、今日の主役です。実は、条文に名前が付いています。次の節で見ます。遺言で分け方が決まっているのに、相続人が話し合って別の分け方にしてもよいのでしょうか。よいです。以前の遺産分割協議の回で見たとおり、相続人全員が合意するなら、遺言の指定と異なる分け方もできます。遺言の指定は、分けるときの基準になりますが、相続人全員の合意があれば動かせます。全員が納得して別の分け方を選ぶなら、それを止める実益がないからです。ただし、気をつける場面があります。遺言があることを知らないまま協議をした場合です。遺言があると知っていれば、そうは分けなかった、という事情があれば、錯誤を理由に協議を取り消せる可能性があります。遺産分割協議の回では、協議の錯誤は厳しく見る、という見解を見ました。それでも、遺言を知らなかったこの場面で、錯誤はないとした判断を、最高裁が退けた例があります。遺言の指定は、相続人がどう分けるかを決めるときの前提になるほど、重いものだからです。
特定財産承継遺言の意義と効果
図:特定財産承継遺言の定義
- 遺産分割の方法の指定として/遺産に属する特定の財産を/共同相続人の1人または数人に/承継させる旨の遺言(1014条2項)
- 別名「相続させる」遺言
定義は、1014条にあります。全文を出します。
条文民法1014条
民法 第1014条(特定財産に関する遺言の執行) 前三条の規定は、遺言が相続財産のうち特定の財産に関する場合には、その財産についてのみ適用する。 遺産の分割の方法の指定として遺産に属する特定の財産を共同相続人の一人又は数人に承継させる旨の遺言(以下「特定財産承継遺言」という。)があったときは、遺言執行者は、当該共同相続人が第八百九十九条の二第一項に規定する対抗要件を備えるために必要な行為をすることができる。 前項の財産が預貯金債権である場合には、遺言執行者は、同項に規定する行為のほか、その預金又は貯金の払戻しの請求及びその預金又は貯金に係る契約の解約の申入れをすることができる。ただし、解約の申入れについては、その預貯金債権の全部が特定財産承継遺言の目的である場合に限る。 前二項の規定にかかわらず、被相続人が遺言で別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
今日は、2項の括弧書きにある定義を見ます。特定財産承継遺言とは、遺産分割の方法の指定として、遺産に属する特定の財産を、共同相続人の1人または数人に承継させる旨の遺言です。つまり、自宅は長男に、預金は長女に、の形です。普通は、相続させる遺言と呼ばれます。1項は遺言執行者の回で見た、特定の財産だけの遺言執行の話です。2項以降の中身は、後の節で使います。名前の由来を一言だけ。もともと実務で、相続させる、という書き方が広く使われていました。そこへ最高裁が、その遺言の性質を決めました。そして平成30年の改正で、1014条2項に、特定財産承継遺言という名前が付いたのです。
図:相続させる遺言の規範
- 最判平3・4・19 民集45巻4号477頁
- 特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言は、遺贈と解すべき特段の事情(遺贈であることが明らか等)がない限り、遺産分割方法の指定と解される。承継を受諾にかからせたなどの特段の事情がない限り、何らの行為を要せず、被相続人の死亡の時に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継される。
条文には、相続させる、と書かれたら何なのか、という基準は書かれていません。ここで、最高裁の規範が働きます。特定の遺産を、特定の相続人に相続させる趣旨の遺言は、遺贈と解すべき特段の事情がない限り、遺産分割方法の指定と解されます。そして、何の行為も要せず、被相続人の死亡の時に、直ちに、その相続人に承継されます。ただし、遺言で、承継を相続人の受諾にかからせたなどの特段の事情があれば、直ちには承継されません。効果を数字で見ます。遺産は、自宅が3,000万円、預金が1,000万円。相続人は、長男と長女です。遺言は、自宅は長男に相続させる、です。この場合、父が亡くなった瞬間に、自宅は長男のものになります。長男と長女が話し合う前の時点でです。
遺言で行き先が決まっていない相続なら、共有から始まります。でも、この遺言は違います。遺産分割の手続を経ずに、被相続人から長男へ、ダイレクトに財産が移ります。共有を経由しません。ですから、自宅は遺産分割の対象から外れます。自宅について、協議も審判も要りません。前回見た、遺贈の物権的効力と、同じ形の効果です。自宅が遺産分割から外れても、全員が納得すれば、遺言と違う結果にすることはできます。ただし、遺言の自宅はもう長男のものなので、遺産分割の協議そのものではなく、長男が取得したあとで全員で交換する、という形になります。長男が同意しなければ、ほかの相続人だけで動かすことはできません。ではなぜ、遺贈と読まずに、分け方の指定と読むのか。遺言者が、相続人に、遺産分割の手続を経ずに、直接、所有権を取得させる意思だと、見るからです。ただし、遺贈する、と書いてあるなど、遺贈と読むべき特段の事情があれば、遺贈になります。この線引きは、後で表にします。
相続分の指定との区別
図:「何を」で見分ける
- 割合を決める遺言=相続分の指定(902条)
- 特定の財産を決める遺言=特定財産承継遺言
- 例:「遺産の3分の2を長男に相続させる」=相続分の指定
相続させる、と書いてあれば、全部、今の特定財産承継遺言になるのですか。なりません。書き方は同じ、相続させる、でも、何を決めているかで分かれます。遺産の3分の2を長男に相続させる、という遺言を考えます。これは、特定の財産を決めていません。割合を決めています。ですから、相続分の指定です。法定相続分と指定相続分の回で、902条1項により、遺言で相続分を定められる、と見ました。法定相続分に対して、遺言で決めた割合を、指定相続分と呼ぶのでした。割合だけでは、具体的に何を取るかは決まりません。長男が遺産の3分の2を取る、というだけです。自宅を取るのか、預金を取るのかは、その後の遺産分割で決めます。特定の財産を決める遺言は特定財産承継遺言、割合を決める遺言は相続分の指定。見分けの第1の軸は、何を、です。
図:数字の板
- 遺産=自宅3,000万円+預金1,000万円=4,000万円
- 長男の法定相続分=2分の1=2,000万円
- 「自宅は長男に相続させる」→長男の取り分は自宅3,000万円=法定相続分を超える→相続分4分の3の指定を伴う
- 長女=4分の1=預金1,000万円
次に、2つが重なる場面です。先ほどの数字で考えます。遺産は4,000万円、長男の法定相続分は2分の1で、2,000万円です。自宅は長男に相続させる、という遺言は、長男に3,000万円の財産を与えます。法定相続分の2,000万円を超えています。この場合、その遺言は、相続分の指定を伴うと考えるのが一般的です。長男の取り分は3,000万円、総額4,000万円のうちの4分の3です。つまり、長男の相続分を4分の3と指定した上で、その相続分を自宅で満たすという、分け方まで指定した遺言、と読みます。長女は残りの4分の1で、1,000万円です。預金がそれにあたります。境界を示します。自宅が1,500万円、預金が2,500万円だったら、どうでしょうか。自宅は長男に相続させる、でも、長男が取る自宅は1,500万円で、法定相続分の2,000万円に届きません。この場合は、相続分の指定を伴いません。長男は、自宅を取った上で、足りない分を、残りの遺産の分割で補います。法定相続分を超えるかどうかが、分かれ目です。なぜ、超えると指定を伴うのか。法定相続分を超えて取らせるには、取り分の割合そのものを、法定のものから動かす必要があるからです。そして、この超える部分が、あとで対抗要件の問題になります。承継の原因と対抗要件の整理の回で見たとおり、対抗要件の物差しは、法定相続分1本です。法定相続分は、戸籍を見れば、外の人でも計算できます。遺言で決めた割合は、遺言を見ないと、外からは分かりません。ですから、指定相続分は、その物差しに入りません。その結果、長男が登記なしで守れるのは、法定相続分の2分の1までです。
共同相続人への特定遺贈との区別
図:問いの板
- 「自宅は長男に相続させる」と「自宅は長男に遺贈する」
- 登記が要る理屈は同じか
承継の原因と対抗要件の整理の回で出した問いを、もう一度解きます。自宅は長男に相続させる、と書いた遺言と、自宅は長男に遺贈する、と書いた遺言。法定相続分を超える部分に登記が要る理屈は、同じでしょうか?結果は同じになりそうですが、理屈は条文が違うと思います。根拠の条文が違います。相続させる遺言は899条の2、遺贈は177条です。ただし、共同相続人が受け取るなら、結果は同じです。長男には、もともと法定相続分の2分の1があります。その内側は、どちらの書き方でも、登記なしで守れます。登記が要るのは、遺言で増えた部分だけです。この回の中心は、この表です。
図:4つの見分け方
- 2軸=「何を」(割合か特定の財産か)×「誰に」(相続人か相続人以外か)
- ①「自宅は長男に相続させる」=特定財産承継遺言②「遺産の3分の2を長男に相続させる」=相続分の指定③「自宅を売って代金を2人で等分する」=分け方を決める遺産分割方法の指定④「自宅を友人に遺贈する」=特定遺贈
4つを見分けます。軸は2本です。何を、つまり割合か特定の財産か。誰に、つまり相続人か相続人以外か。自宅は長男に相続させる。特定の財産を、相続人に。特定財産承継遺言です。遺産の3分の2を長男に相続させる。割合を、相続人に。相続分の指定です。自宅を売って、代金を2人で等分する。誰が何を取るかではなく、分け方そのものを決めています。分け方を決める遺産分割方法の指定です。自宅を友人に遺贈する。特定の財産を、相続人以外に。特定遺贈です。相続させる、という遺言は、相続人にしかできません。遺産分割は、相続人どうしで遺産を分ける手続です。その分け方の指定なので、相続人にしか向けられないのです。相続人以外に財産を渡したければ、遺贈しかありません。誰にでもできるのが遺贈、相続人に限られるのが相続させる遺言です。確認します。遺産の3分の2を長男に相続させる。自宅は長男に相続させる。自宅を友人に遺贈する。この3つを、何をと誰にで言い分けてください。
1つ目は、割合を相続人に決めているので相続分の指定です。2つ目は、特定の財産を相続人に決めているので特定財産承継遺言です。3つ目は、特定の財産を相続人以外に渡すので特定遺贈です。では、自宅を長男に遺贈する、と明確に書いてあったら、どうでしょうか。文言が遺贈であることが明らかなら、遺贈として扱います。迷ったときの基準は、先ほどの規範です。特定の遺産を特定の相続人に相続させる、と書いたものは、遺贈と読むべき特段の事情がない限り、遺産分割方法の指定です。
図:差の板。行=登記の申請/農地法の許可/対抗要件の結果/遺留分の負担/放棄/遺言執行者の根拠/先死亡の根拠。列=特定財産承継遺言/共同相続人への特定遺贈/相続人以外への特定遺贈。上4行=消えた差(共同相続人宛ならそろう)。下3行=残る差。
次に、共同相続人への特定遺贈と、特定財産承継遺言の差を並べます。上の4行は、現行法では差が消えた点です。下の3行は、残った差です。1行目、登記の申請です。相続人に対する遺贈による所有権移転登記は、登記権利者が単独で申請できます。不動産登記法63条3項です。相続による移転の登記が単独申請であること、同条2項と、並びます。以前は、遺贈の登記は、受遺者と、遺言執行者または相続人とが一緒に申請する、共同申請で、これが区別の実益でした。ただし、相続人以外への遺贈は、今も共同申請です。2行目、農地法の許可です。包括遺贈と、相続人に対する特定遺贈は、農地法3条の許可の例外です。相続人以外への特定遺贈には、許可が要ります。3行目、対抗要件の結果は、さきほどの問いのとおり、共同相続人が受け取るならそろいます。相続人以外への遺贈は、全部に、177条の登記が要ります。友人には、法定相続分の内側が無いからです。4行目、遺留分の負担です。特定財産承継遺言を受けた相続人も、遺留分侵害額請求の相手方になる受遺者に含まれる、と条文にあります。遺贈と同じ位置にいます。細かい話は、遺留分の回で見ます。残る3行です。1つ目は放棄。特定遺贈の放棄は、遺言者の死亡後いつでも、意思表示だけでできます。986条1項です。家庭裁判所への申述は要りません。これに対して、相続させる遺言には、986条のような放棄の規定がありません。条文にあるのは、相続の放棄、915条1項と939条です。これは、相続人でなくなる選択で、財産をまるごと受けない、という選択です。設例で言えば、長男が、自宅だけは要らない、と思ったとします。遺贈なら、986条で自宅だけを断れます。相続させる遺言には、自宅だけを断る条文はありません。条文に用意されている道は、預金も含めた相続ごとの放棄です。特定の財産だけを放棄できるかどうかは、条文からは言えません。
2つ目は、遺言執行者の権限の根拠です。遺言執行者がいるときは、遺贈の履行は遺言執行者だけができます。1012条2項です。特定財産承継遺言では、遺言執行者は、対抗要件を備えるために必要な行為ができます。1014条2項です。次の節で見ます。3つ目は、受け取る人が先に亡くなったときです。遺贈は、994条1項で失効します。相続させる遺言も、特段の事情がなければ失効します。結論はそろいますが、根拠が、遺贈は条文、相続させる遺言は判例、と違います。これも後で見ます。
効果と対抗要件・遺言執行者の権限
図:対抗要件の表
- 相続開始=自宅は長男のもの
- 法定相続分の内側(2分の1)は登記なしで守れる/超える部分(残り2分の1)は先に登記した第三者に負ける
- 登記するのは遺言執行者または受益相続人
対抗要件から見ます。特定財産承継遺言による取得にも、899条の2が適用されます。1014条2項が、899条の2第1項に規定する対抗要件、と引いているからです。法定相続分を超える部分は、登記などの対抗要件を備えなければ、第三者に対抗できません。承継の原因と対抗要件の整理の回で見たとおり、かつては、相続させる遺言による取得は、登記なしで第三者に対抗できる、というのが最高裁の判断でした。この古い判例は、いまでは899条の2によって上書きされています。上書きされたのは、登記なしで対抗できる、という結論の部分だけです。死亡の時に直ちに承継される、という先ほどの規範は、今も生きています。登記が要るように変えたのは、先ほど見たとおり、遺言で増えた分は外の人に見えないからです。見えない遺言で、外の人が不意打ちを受けないようにしたのです。遺贈と相続させる遺言は、法定相続分を超える部分に登記が要る、という一本の物差しにそろったのです。先ほどの数字で見ます。長男は、自宅の2分の1は、自分の法定相続分なので、登記なしで守れます。遺言で増えた残りの2分の1に、登記が要ります。では、自宅はもう長男のものなのに、なぜ長女の側から手が出せるのか。外の人は、戸籍から、長男と長女が2分の1ずつ相続したと計算します。そこで長女の債権者は、長女に代わって、法定相続分どおりの登記を申請し、長女の2分の1として差し押さえることができます。この差押えの登記が先なら、残りの2分の1は、長男が負けます。
では、登記は誰がするのか。遺言執行者がいれば、遺言執行者は、長男が対抗要件を備えるために必要な行為ができます。1014条2項です。遺言執行者がいるときの遺贈の履行は、遺言執行者だけの仕事でした。特定財産承継遺言は、長男自身も手続できる点が違います。遺言執行者がいなければ、長男が自分で、単独で登記を申請します。相続による移転の登記は、登記権利者が単独で申請できる、不動産登記法63条2項です。
図:1014条3項の例
- 預金の全額を長男に相続させる→遺言執行者は払戻しも解約もできる
- 預金のうち500万円を長男に相続させる→払戻しの請求はできるが、解約の申入れはできない(1014条3項ただし書)
- 4項=遺言で別段の意思を表示すればそれに従う
預貯金は、3項があります。目的が預貯金債権なら、遺言執行者は、対抗要件のための行為のほか、払戻しの請求と、解約の申入れもできます。ただし、解約の申入れは、その預貯金債権の全部が目的の場合に限ります。例です。A銀行の預金の全額を長男に相続させる、なら、執行者は、払戻しも解約もできます。A銀行の預金のうち500万円を長男に、なら、払戻しの請求はできますが、解約はできません。口座が一部残るのに、契約ごとなくしてしまってはいけないからです。4項で、遺言者が別段の意思を表示していれば、それに従います。承継の原因と対抗要件の整理の回で見たとおり、債権の承継には、特則があります。法定相続分を超えて承継した相続人が、遺言の内容を明らかにして債務者に通知すれば、共同相続人の全員が通知したものとみなされます。899条の2第2項です。預金なら、長男1人の通知で足ります。
受益相続人が先に死亡した場合
図:問いの板。受遺者が遺言者より先に亡くなっていた。受遺者の子は遺贈を受けられるか。
遺贈と受遺者の先死亡の回の問いを、まず思い出します。遺贈の受遺者が、遺言者より先に亡くなっていました。受遺者の子は、遺贈を受けられるでしょうか。遺贈には代襲がないので、受けられません。994条1項です。遺贈は、遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したら、効力を生じません。では、相続させる遺言はどうでしょうか。問いを変えます。長男が父より先に亡くなっていました。自宅は長男に相続させる、という遺言は、長男の子に自宅を取らせる効力を持つでしょうか。実は、特段の事情がなければ、効力を生じません。最高裁が、そう判断しました。
判例最判平23・2・22 民集65巻2号699頁
「相続させる」遺言と受益相続人の先死亡 ……遺産を特定の推定相続人に単独で相続させる旨の遺産分割の方法を指定し,当該遺産が遺言者の死亡の時に直ちに相続により当該推定相続人に承継される効力を有する「相続させる」旨の遺言がされる場合であっても異なるものではなく,このような「相続させる」旨の遺言をした遺言者は,通常,遺言時における特定の推定相続人に当該遺産を取得させる意思を有するにとどまるものと解される。したがって,上記のような「相続させる」旨の遺言は,当該遺言により遺産を相続させるものとされた推定相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合には,……遺言者が,上記の場合には,当該推定相続人の代襲者その他の者に遺産を相続させる旨の意思を有していたとみるべき特段の事情のない限り,その効力を生ずることはないと解するのが相当である。
読みます。遺言者は、通常、遺言を書いた時の、その特定の推定相続人に、遺産を取得させる意思を有するにとどまる、と最高裁は見ました。ですから、その推定相続人が遺言者の死亡以前に死亡したら、代襲者その他の者に相続させる意思があった、とみるべき特段の事情がない限り、遺言は効力を生じません。なぜでしょうか。代襲は、法律が決めた相続の順番の話です。遺言は、父が、この人に、と相手を選んだ話です。遺言者は、通常、遺言を書いた時のその相続人に、財産を取得させる意思にとどまるからです。長男がいないときに孫に渡すかまで決めたとは、ふつうは言えません。
図:時間軸
- 遺言(自宅は長男に相続させる)→長男が先に死亡→父が死亡→特段の事情がなければ遺言は効力を生じない→法定相続に戻る
- 並べ書き=遺贈は994条1項(条文)/相続させる遺言は判例
遺贈の994条1項と、結論がそろいます。違うのは根拠です。遺贈は条文、相続させる遺言は、この判例です。失効したあとは、法定相続に戻ります。長男に子がいれば、その子は代襲相続人として、法定相続分を取ります。遺言で自宅を取るのではありません。法定相続分の計算は、以前の回で見ました。特段の事情の例を一言。遺言者が、長男が先に亡くなっていたら孫に、と予備の指定を書いておいたなら、その意思に従います。それが、代襲者に相続させる旨の意思を有していた、という事情にあたります。
冒頭の答えとまとめ
図:設例の答え
- 「相続させる」でも「遺贈する」でも、長男が自宅を取る結果と、法定相続分を超える部分に登記が要る点は同じ
- 変わるのは、放棄の仕方・遺言執行者の根拠条文・先死亡の根拠(遺贈は条文・相続させる遺言は判例)
- ただし「遺贈する」と書いてあれば遺贈
冒頭の答えです。相続させる、と書いても、遺贈する、と書いても、長男が自宅を取る結果は同じです。法定相続分を超える部分に登記が要る点も、同じです。登記の申請も単独で、農地の許可も要りません。押さえる違いは3つです。放棄の仕方。遺贈なら986条で意思表示だけ、相続させる遺言なら条文にあるのは相続の放棄だけ。遺言執行者の根拠。遺贈は1012条2項、特定財産承継遺言は1014条2項。そして先死亡の根拠。遺贈は994条1項、相続させる遺言は最高裁の判例です。ただし、遺贈する、と書かれていれば、遺贈として扱われます。確認します。1つ目、特定の遺産を特定の相続人に相続させる遺言は、遺贈と読むべき特段の事情がない限り、遺産分割方法の指定です。そして、受諾にかからせたなどの特段の事情がない限り、死亡の時に直ちに承継されます。2つ目、割合を決めれば相続分の指定、特定の財産を決めれば特定財産承継遺言です。特定の財産の価額が法定相続分を超えるなら、相続分の指定を伴います。3つ目、見分けの軸は、何を、誰に、です。4つ目、法定相続分を超える部分は、899条の2で対抗要件が要ります。遺言執行者は、対抗要件を備える行為ができ、預貯金なら、払戻しと、全部のときの解約もできます。5つ目、受け取る相続人が先に亡くなれば、特段の事情がない限り、遺言は効力を生じません。最後に一言。特定財産承継遺言や相続分の指定を受けた相続人も、遺留分侵害額請求の相手方になる受遺者に含まれます。1046条1項です。
参照条文
- 民法908条1項
- 民法1014条