相続の承認・放棄と熟慮期間
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第8章 相続 #355/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
父の死から4か月、保証債務が見つかった
図:冒頭の設例1
- A(父・被相続人)、B(子・相続人はBだけ)、C(債権者)、D(主債務者)
- AはDの借金の連帯保証人
- Aの死亡から4か月後、CがBに保証債務の履行を請求
- 相続の開始から3か月は過ぎている
- 問い=Bは相続を放棄できるか
設例です。父が亡くなりました。母は先に亡くなっていて、相続人は、子がひとりだけです。この子は、父と20年以上、連絡を取っていませんでした。父の死も、役所からの通知で知りました。父は賃貸住まいで、遺品も少なく、通帳も証券も見当たりません。子は、財産も借金も、何もない人だったのだろう、と思い込んで、何もしないまま、3か月が過ぎました。ところが、父が亡くなって4か月がたったある日、見知らぬ債権者から、請求書が届きました。父は、他人の借金の連帯保証人になっていた、というのです。問いです。この子は、いまから相続を放棄できるのでしょうか。
期間の厳しさも、知らなかった人への配慮も、実は、条文と判例の両方に出てきます。答えの形を先に言います。原則どおりなら、もう放棄できません。ただ、判例が認めた例外に当たれば、保証債務を知った時から3か月以内なら、放棄できます。この例外に当たるかを、道筋に沿って確かめます。道筋です。まず、相続の効果は当然に生じるのに、なぜ放棄という選択肢があるのか、3つの選択肢を見ます。次に、選ぶための期間、熟慮期間の原則を、915条で確かめます。そのうえで、冒頭の設例のように、原則どおりにはいかない場合の例外を、判例で読みます。後半では、相続人が何人もいる場合、相続人が選ばないまま亡くなった場合、そして、いったん選んだあとで気が変わった場合を扱います。
相続の効果と3つの選択肢
図:3つの選択肢
- 相続開始(被相続人の権利義務は当然に承継される・896条)→相続人が選ぶ
- 単純承認=無限に権利義務を承継(920条)/限定承認=相続によって得た財産の限度で債務・遺贈を弁済する留保付きの承認(922条・家庭裁判所に申述)/相続放棄=初めから相続人とならなかったものとみなす(939条・家庭裁判所に申述)
- 選ぶ期間=3か月(915条1項)
まず、前提を確認します。相続は、被相続人が亡くなった時に開始します。そして、相続人は、被相続人の財産に属した一切の権利義務を、当然に承継します。896条です。ただし、その人だけに結びついた一身専属のものは、除かれます。相続人が何かの手続をしなくても、効果は生じます。ここは、相続の開始のところで見たとおりです。そこで、民法は、当然に生じる効果を前提にしたうえで、相続人に、引き受けるかどうかを選ぶ自由を与えています。選択肢は3つです。たとえでイメージします。宅配便の荷物が、本人の知らないうちに届いて、玄関に置かれた状態です。中身は、プラスの財産かもしれませんし、借金かもしれません。受け取った人は、中身を確かめたうえで、全部受け取るか、条件をつけて受け取るか、受け取りを断るかを選べます。ただし、受け取りの期限があります。これは、直感をつかむための絵です。正確な内容は、これから条文で見ます。1つ目は、単純承認です。相続の効果を確定させて、被相続人の権利義務を、無限に承継します。920条です。無限に、というのは、プラスの財産だけでなく、借金のようなマイナスの財産も、限りなく引き継ぐ、という意味です。2つ目は、限定承認です。相続によって得た財産の限度でだけ、被相続人の債務や遺贈を弁済する、という留保をつけて承認します。922条です。3つ目は、相続の放棄です。初めから相続人とならなかったものとみなされます。939条です。放棄の効果は、以前に見ました。
限定承認と放棄は、家庭裁判所に申述して行います。924条と938条です。申述とは、家庭裁判所に、自分の意思を申し立てて述べることです。限定承認と放棄の中身は、別の回で扱います。今日は、名前と位置づけだけ押さえてください。単純承認には、申述が要りません。何もしなくても、単純承認になる場合があるからです。たとえば、期間内に限定承認も放棄もしないと、単純承認をしたものとみなされます。921条2号です。この期間が、これから見る熟慮期間です。もう1つ、性質を確認します。承認や放棄は、相続人という身分に関わる行為であり、同時に、財産がどう帰属するかを決める、財産についての法律行為でもあります。そのため、行為能力が必要です。行為能力とは、以前見たとおり、一人で法律行為ができて、それが確定的に有効になる資格です。未成年者や成年被後見人の場合は、法定代理人が関わります。この点は、後でもう一度出てきます。
熟慮期間 915条と起算点の原則
図:熟慮期間の時系列
- 原則
- 相続開始の原因となる事実(被相続人の死亡)を知り、かつ、それで自分が相続人になった事実を知った日→3か月(915条1項本文)→期間内に限定承認も放棄もしなければ単純承認とみなされる(921条2号)。設例1=Bは父の死亡と自分が子だと知った日から3か月が進み、請求書の届いた4か月後にはすでに経過。
選ぶための期間の条文です。915条を全文で読みます。
条文民法915条
民法第915条(相続の承認又は放棄をすべき期間) 1 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。 2 相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる。
1項の本文です。相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、単純承認、限定承認、放棄のどれかをしなければなりません。この3か月を、熟慮期間といいます。熟慮、つまり、じっくり考えるための期間です。なぜ、期間が必要なのでしょうか。選ぶには、プラスの財産とマイナスの財産、つまり積極財産と消極財産が、どれだけあるのかを知る必要があります。最高裁は、この3か月を、調べて財産の有無や状況を知り、選ぶための前提条件を整えるための期間、という考え方で位置づけています。この判決は、あとで全文を読みます。次に、いつから3か月か、です。条文は、「自己のために相続の開始があったことを知った時から」と書いています。ここから、起算点の原則は、2つの事実を知った時、となります。1つ目は、相続開始の原因となる事実です。典型的には、被相続人の死亡です。2つ目は、それによって、自分が法律上の相続人となった事実です。この両方を知った時から、3か月が進み始めます。
2つ目は、なぜ要るのですか。亡くなったことを知っていれば、十分ではないのですか。自分が相続人だと知らなければ、承認するか放棄するかを、選びようがないからです。条文の「自己のために」という言葉が、そこを表しています。相続が自分に関わる形で始まったことを知って、初めて、選ぶ立場に立てるのです。設例に当てはめます。子は、役所の通知で、父の死亡を知りました。父の子であることは、もちろん分かっています。ですから、原則どおりに数えれば、3か月は、死亡と、自分が相続人になったことを知った時から進んでいます。請求書が届いた、死亡から4か月後には、すでに過ぎています。期間が過ぎて、限定承認も放棄もしていなければ、単純承認とみなされます。そうなれば、920条のとおり、無限に承継します。ここでは、保証債務も、896条の一切の権利義務として子に移る、という前提で進めます。例外がありうるかは、別の回で扱います。
やっぱり、放棄はできないのですか。原則どおりなら、そうなります。ただ、この原則には、例外があります。次の節で見ます。その前に、2項を確認します。2項は、相続人は、承認や放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる、と定めています。3か月のあいだに財産を調べて選ぶ、という制度の作りに合っています。調査をしたからといって、それだけで単純承認になるわけではありません。
起算点の例外 財産が全く無いと信じた場合
図:昭和59年判決の判断の構造
- 原則=相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知った時から起算
- 例外の要件=①3か月以内に限定承認・放棄をしなかったのが、被相続人に相続財産(積極・消極の財産)が全く存在しないと信じたため②被相続人の生活歴・被相続人と相続人の交際状態その他諸般の状況からみて、相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があり、そう信ずるについて相当な理由がある
- 効果=相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算
原則どおりに数えると、不都合な場合があります。冒頭の設例が、まさにそうです。子は、財産も借金も、何もない、と思い込んでいました。そう思い込んでいる人に、3か月のうちに調べて選べ、と求めるのは、酷ではないでしょうか。最高裁は、この場合に、例外を認めました。判決を読みます。
判例最判昭59・4・27 民集38巻6号698頁
熟慮期間の起算点の例外・趣旨と原則 民法九一五条一項本文が相続人に対し単純承認若しくは限定承認又は放棄をするについて三か月の期間(以下「熟慮期間」という。)を許与しているのは、相続人が、相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となつた事実を知つた場合には、通常、右各事実を知つた時から三か月以内に、調査すること等によつて、相続すべき積極及び消極の財産(以下「相続財産」という。)の有無、その状況等を認識し又は認識することができ、したがつて単純承認若しくは限定承認又は放棄のいずれかを選択すべき前提条件が具備されるとの考えに基づいているのであるから、熟慮期間は、原則として、相続人が前記の各事実を知つた時から起算すべきものであるが、
長い一文なので、理由づけ、例外の要件、効果の順に読み解きます。「右各事実」は、直前に出てきた、相続開始の原因となる事実と、自分が相続人になった事実のことです。「相続財産」は、積極及び消極の財産と、判決が定義しています。プラスの財産も、マイナスの財産も、両方を指します。まず、前半の理由づけです。相続人が2つの事実を知れば、通常は、3か月以内に調べて、財産の有無や状況を知ることができます。だから、選ぶための前提条件が整う。この考えに基づくから、熟慮期間は、原則として、2つの事実を知った時から数える。先ほど見た原則です。判決は、ここで「が、」と続けて、例外に入ります。続きを読みます。
判例最判昭59・4・27 民集38巻6号698頁
熟慮期間の起算点の例外・要件と効果 ……相続人が、右各事実を知つた場合であつても、右各事実を知つた時から三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかつたのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があつて、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、相続人が前記の各事実を知つた時から熟慮期間を起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である。
次が、例外の要件です。相続人が2つの事実を知っていても、次の2つが揃うと、原則どおりに数えるのは相当でない、とされます。1つ目の要件です。3か月以内に限定承認も放棄もしなかったのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたため、であることです。プラスもマイナスも、どちらも無いと信じた場合の話です。要件の2つ目です。被相続人の生活歴や、被相続人と相続人の交際状態、その他の諸般の状況からみて、相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があり、そう信じるについて相当な理由がある、ことです。そして効果です。この2つが認められると、熟慮期間は、相続人が相続財産の全部または一部の存在を認識した時、または通常これを認識しうべき時から、起算されます。なぜ、起算点がずれるのでしょうか。前半の理由づけに戻ると分かります。3か月は、2つの事実を知れば、調べて財産の有無を知ることができる、という前提で与えられた期間でした。財産が全く無いと信じるのが無理もなく、調べることも期待できないなら、その前提が欠けています。だから、財産の存在を知った時から数えるのです。
図:要件の評価と設例1aへの当てはめ
- 判決は数字の基準を出していない→被相続人の生活歴・相続人との交際状態その他諸般の状況から、調査を期待することが著しく困難か・そう信ずるについて相当な理由があるかを評価(個別の事情の評価)
- ①全く存在しないと信じた=子は財産も借金も何もないと信じ、3か月何もしなかった
- ②交際が20年以上途絶・死亡は役所の通知で知った・賃貸住まい・遺品が少ない・通帳も証券も見当たらない→調査を期待するのが著しく困難で相当な理由があると評価できれば②も満たす
判決は、数字のような基準は出していません。見るのは、被相続人の生活歴や、相続人との交際状態など、諸般の状況です。そこから、財産の有無を調べることを期待するのが著しく困難か、そう信じたことに相当な理由があるか、を評価します。ですから、事情が変われば、結論も変わります。個別の事情の評価です。設例に当てはめます。1つ目の要件です。子は、財産も借金も何もない人だった、と信じて、3か月のあいだ、何もしませんでした。この思い込みが本当にあれば、1つ目は満たされます。要件の2つ目です。父との交際は20年以上途絶えていて、父の死も、役所の通知で知りました。父は賃貸住まいで、遺品も少なく、通帳も証券も見当たりません。こうした生活歴と交際状態からみて、子に財産の有無の調査を期待するのが著しく困難で、そう信じるのに相当な理由がある、と評価できるなら、2つ目も満たされます。
図:設例1aの結論
- 条件付き
- ①Bが3か月内に放棄・限定承認をしなかったのは、相続財産(積極・消極とも)が全く存在しないと信じたため②生活歴・交際状態その他諸般の状況から、調査を期待することが著しく困難で、そう信ずるについて相当な理由がある。①②を満たす場合に限り、起算点=保証債務を認識した時(または通常認識しうべき時)→その日から3か月以内なら、家庭裁判所に申述して放棄できる。①②のどちらかが欠ける場合=原則どおり→3か月は死亡と自分が子だと知った時から進み、すでに経過→921条2号で単純承認(920条)。相当な理由の有無は個別の事情の評価。
この2つを満たすと仮定すれば、熟慮期間は、子が、保証債務の存在を認識した時、または通常認識しうべき時から数えます。請求書が届いて、保証債務を知った日から3か月以内なら、子は、家庭裁判所に申述して、相続を放棄できます。冒頭の問いの答えは、この形です。ただし、これは、条件付きの答えです。要件の1つ目か2つ目の、どちらかが欠ければ、原則どおりになります。3か月は、死亡と、自分が子だと知った時から進んでいて、とうに過ぎています。そのときは、921条2号で単純承認とみなされて、920条のとおり、無限に承継することになります。ここで、対比のために、設例1bを置きます。別の子です。この子は、父と同居して、父の自宅と預金通帳を管理していました。父に財産があることは、知っていました。ただ、連帯保証だけは、知りませんでした。やはり3か月が過ぎて、請求書が届いたのは、4か月後でした。
図:設例1aと1bの対比
- 1a=疎遠・財産の手がかりなし・財産も借金も何もないと信じた(①②を満たすと仮定すれば、保証債務を認識した時から起算)
- 1b=父と同居・自宅と預金通帳を管理(財産の存在は知っていた)・保証だけ知らなかった→判決の型(相続財産が全く存在しないと信じた場合)そのものには当てはまらない
- 一部の財産を知っていた場合に同じ扱いになるかは、判決は直接述べていない→断定しない
- 出発点=原則の起算点から進み、期間経過で単純承認
問いです。この子の場合、最高裁が認めた例外は、財産がどうだと信じた場合を言っていたでしょうか?全く存在しない、でした。この子は、自宅と預金があると知っていたので、全く無いと信じたわけではありません。判決が認めた例外の型は、相続財産が全く存在しないと信じた場合です。設例1bの子は、財産の一部を知っていたので、判決の言う型そのものには当てはまりません。では、一部は知っていたけれども、残りは存在しないと誤信した場合にも、同じ扱いになるのでしょうか。この点は、判決は、直接は述べていません。ですから、ここでは、結論を断定しません。出発点は、原則どおりです。死亡と、自分が相続人になったことを知った時から数えて、期間が過ぎれば、単純承認になります。一部を知っていた場合の扱いは、論文で論点になりうる部分です。規範の文言、全く存在しない、を確認してから、事案の事情を丁寧に当てはめることになります。最後に、設例1aの子のように、保証債務を知って、放棄を考えている人への一言です。放棄の前に、遺産には手をつけないでください。遺産を処分すると、それだけで単純承認とみなされることがあるからです。921条です。詳しい中身は、次の回で見ます。
相続人ごとに進む期間と、伸長
図:熟慮期間は相続人ごとに別々に進む
- 例=兄は被相続人の死亡をその日に知り、弟は1週間後に知った→起算日は、兄はその日・弟は1週間後
- 終わりの日もずれる
- ただし書=期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる(915条1項ただし書)
次に、相続人が複数いる場合です。熟慮期間は、各相続人について、別々に進みます。条文は、「相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から」と書いています。起算を決めるのは、その人が知った時です。たとえば、父が亡くなって、兄と弟が相続人になったとします。兄は、父の死亡をその日に知りました。弟は、海外にいて、1週間後に知りました。起算日は、兄はその日、弟は1週間後です。3か月が終わる日も、1週間ずれます。兄が先に放棄の手続をしたら、弟の期間も、同じ日に終わるのではないのですか。終わりません。それぞれの人が、自分が知った時から数えます。人ごとに、別々です。もう1つが、伸長です。915条1項のただし書に、この期間は、利害関係人または検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる、とありました。財産が多かったり、あちこちにあったりして、3か月では調査が間に合わないときの手当てです。期間を延ばすのは、家庭裁判所です。
再転相続と法定代理人 916条・917条
図:再転相続
- A(祖父・最初の被相続人)→B(父・Aの子でAの相続人・承認も放棄もしないで死亡)→C(孫・Bの相続人)
- D(Aの債権者)
- AからBへ相続が起き、BからCへ相続が起きる
- Cの問い=Aの相続について、いつから3か月か
- 判決の甲=A・乙=B・丙=C
次に、再転相続です。その前に、復習の問いです。長男が相続を放棄していました。長男の子は、代襲相続人になるでしょうか?ならない、でした。代襲相続の原因は、死亡と、891条に該当することと、廃除で、放棄は入っていません。887条2項でした。ですから、放棄では代襲相続は起きません。いまから見る再転相続は、これとは別の場面です。親が、被相続人より先に亡くなって、子が親に代わって相続する、という仕組みではありません。親が、被相続人より後に、承認も放棄もしないまま亡くなったときに、親が持っていた、選ぶ地位を、子が受け継ぐ場面です。代襲相続で親が先に亡くなっている場合、親は、相続人になっていません。再転相続では、親は、一度、相続人になっています。だから、子は、親の相続人として、親の選ぶ地位ごと受け継ぐのです。設例2です。祖父が亡くなりました。祖父の子である父が、祖父の相続人です。ところが、父は、祖父の相続を承認するか放棄するかを、決めないうちに、亡くなりました。父の子、つまり祖父から見た孫が、父の相続人になりました。祖父には、お金を貸していた債権者がいます。問いです。孫は、祖父の相続について、いつから3か月なのでしょうか。相続が2つ出てきます。祖父の相続と、父の相続です。孫は、父の相続人として、父が選ばないままだった、祖父の相続についての選択を、引き継ぎます。条文です。916条を全文で読みます。
条文民法916条
民法第916条 相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したときは、前条第一項の期間は、その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算する。
「その者」は、承認も放棄もしないで死亡した相続人、つまり父です。「その者の相続人」は、孫です。期間は、孫が、自己のために相続の開始があったことを知った時から数えます。この関係を、再転相続といいます。では、孫が知るべき、自己のために相続の開始があったこと、とは、何を知った時なのでしょうか。父が亡くなったことでしょうか。それとも、別のことでしょうか。最高裁の判決を読みます。
判例最判令元・8・9 民集73巻3号293頁
再転相続の熟慮期間の起算点・趣旨 民法916条の趣旨は,乙が甲からの相続について承認又は放棄をしないで死亡したときには,乙から甲の相続人としての地位を承継した丙において,甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択することになるという点に鑑みて,丙の認識に基づき,甲からの相続に係る丙の熟慮期間の起算点を定めることによって,丙に対し,甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択する機会を保障することにあるというべきである。
判決の甲は祖父、乙は父、丙は孫です。設例に直して読み解きます。判旨の骨格は、2つです。まず、趣旨です。916条の趣旨は、孫の認識に基づいて、祖父の相続についての起算点を決めることで、孫に、祖父の相続を承認するか放棄するかを選ぶ機会を保障することにあります。次に、結論とその補足です。続きを読みます。
判例最判令元・8・9 民集73巻3号293頁
再転相続の熟慮期間の起算点・結論 …以上によれば,民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは,相続の承認又は放棄をしないで死亡した者の相続人が,当該死亡した者からの相続により,当該死亡した者が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を,自己が承継した事実を知った時をいうものと解すべきである。 なお,甲からの相続に係る丙の熟慮期間の起算点について,乙において自己が甲の相続人であることを知っていたか否かにかかわらず民法916条が適用されることは,同条がその適用がある場面につき,「相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したとき」とのみ規定していること及び同条の前記趣旨から明らかである。
図:再転相続の起算点の結論
- 916条の「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」=C(孫)が、B(父)からの相続により、Bが承認も放棄もしなかった相続(Aの相続)における相続人としての地位を、自己が承継した事実を知った時
- ×Bが死亡したと知った時ではない
- 例=Aの債権者Dの請求書で初めて、BがAの相続人だったと知った日から、Aの相続についての3か月
結論です。916条の、自己のために相続の開始があったことを知った時、とは、孫が、父からの相続によって、父が承認も放棄もしなかった相続、つまり祖父の相続における相続人としての地位を、自分が承継した事実を知った時です。判決の理由は、こうです。孫は、自分のために父の相続が始まったと知っても、当然には、父が祖父の相続人だったことまでは知り得ません。父が祖父の相続人だったと知らないのに、祖父の相続の期間が進んでしまえば、孫に選ぶ機会を保障するという、916条の趣旨に反します。ですから、孫が、父は祖父の相続人だった、その地位を自分が引き継いだ、と知った時から、3か月を数えます。具体例にします。祖父の債権者から、孫に、請求書が届きました。それで初めて、孫は、父が祖父の相続人だったことを知りました。この場合、請求書で知った日から、祖父の相続についての3か月が進みます。父が亡くなった日からではありません。
図:なお書きと2つの相続の期間
- なお書き=B(父)が自分はAの相続人だと知っていたか否かにかかわらず、916条は適用される(条文が「相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したとき」とのみ規定し、その趣旨から明らか)
- C(孫)の期間は2つ別々=Aの相続(916条・Bの地位を承継した事実を知った時から)/Bの相続(Bの死亡と自分がBの相続人になったことを知った時から)
判決は、さらに、なお書きで、この点に答えています。父が、自分は祖父の相続人だと知っていたかどうかにかかわらず、916条は適用される、と。条文が、相続人が承認又は放棄をしないで死亡したとき、とだけ規定していることと、その趣旨から明らかだ、という理由です。設例2の変形で確かめます。父は、祖父が亡くなったことも、自分が祖父の相続人になったことも、知らないまま、亡くなりました。この場合も、916条は適用されます。孫が、請求書で、父は祖父の相続人だった、と知ったなら、その日から3か月です。なお、孫には、父の相続についての熟慮期間も、別にあります。それは、孫が、父の死亡と、自分が父の相続人になったことを知った時から進みます。2つの相続の期間は、別に数えます。今日は、祖父の相続の期間は916条で決まる、と言い分けるところまでにします。
図:917条
- 相続人が未成年者又は成年被後見人であるとき=915条1項の期間は、その法定代理人が未成年者又は成年被後見人のために相続の開始があったことを知った時から起算する
- 承認・放棄は行為能力が必要→本人ではなく法定代理人の認識を基準にする
もう1つ、相続人が未成年者や成年被後見人の場合です。先ほど、承認や放棄には行為能力が必要だと見ました。未成年者や成年被後見人は、自分だけでは、確定的に有効な承認や放棄ができません。未成年者は、法定代理人の同意を得てするか、法定代理人が代わって行います。成年被後見人は、成年後見人が代わって行います。そして、熟慮期間の原則で見たとおり、知らなければ、選びようがありません。そこで、期間の数え方も、本人ではなく、選ぶ側に立つ法定代理人が知った時を基準にします。917条です。
条文民法917条
民法第917条 相続人が未成年者又は成年被後見人であるときは、第九百十五条第一項の期間は、その法定代理人が未成年者又は成年被後見人のために相続の開始があったことを知った時から起算する。
相続人が未成年者または成年被後見人のときは、期間は、法定代理人が、未成年者または成年被後見人のために相続の開始があったことを知った時から数えます。たとえば、未成年者の親権者が、これにあたります。未成年者の放棄を、親権者が代理する場面は、以前に見ました。放棄が相続分を動かすので、親と子の利益相反が問題になった、という場面でした。今回は、その代理人が、いつ知ったかで、期間が決まる、という点が新しいところです。
撤回はできず、取消しだけ 919条
図:919条1項
- 承認及び放棄は、915条1項の期間内でも、撤回することができない
- 3か月は選ぶ前に調べて考える期間=選んだら決まる
- 放棄をすると初めから相続人でなかったことになり(939条)、次の順位の相続人が現れ、その期間が動き出す
最後の論点は、いったん選んだあとの話です。問いです。承認や放棄は、熟慮期間の3か月以内なら、気が変わったとき、撤回できるでしょうか。それとも、取消しだけでしょうか?条文で確かめます。919条を全文で読みます。
条文民法919条
民法第919条(相続の承認及び放棄の撤回及び取消し) 1 相続の承認及び放棄は、第九百十五条第一項の期間内でも、撤回することができない。 2 前項の規定は、第一編(総則)及び前編(親族)の規定により相続の承認又は放棄の取消しをすることを妨げない。 3 前項の取消権は、追認をすることができる時から六箇月間行使しないときは、時効によって消滅する。相続の承認又は放棄の時から十年を経過したときも、同様とする。 4 第二項の規定により限定承認又は相続の放棄の取消しをしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。
1項です。承認と放棄は、915条1項の期間内でも、撤回することができません。撤回とは、有効にした意思表示を、将来に向けて取り下げることです。期間内なら撤回できそう、という考えは、条文が、期間内でも、という言葉で、わざわざ否定しています。考えるための期間は、選ぶ前の話です。先ほどの判決は、この3か月を、調査することなどによって、財産の有無や状況を認識し、選ぶ前提を整える期間、と位置づけていました。915条2項も、承認や放棄をする前に、相続財産の調査ができる、と定めていました。調べて考えるのは、選ぶ前です。選んだら、それで決まります。放棄をすると、その人は、初めから相続人でなかったことになります。939条で、以前に見ました。すると、ほかの相続人の取り分が増えたり、次の順位の人が相続人になったりします。新しく相続人になった人の、3か月は、自分が相続人になったと知った時から、進み始めます。前の人が、期間内に選び直せるとしたら、そのたびに、後の人の立場と期間が、動いてしまいます。たとえば、3か月以内に放棄をしたあとで、やっぱり限定承認に切り替えよう、ということはできません。3か月以内でも、一度選んだら、選び直せないのです。問いの答えは、熟慮期間内でも撤回できない、取消しだけ、です。
図:919条2項
- 撤回と取消しの違い
- 気が変わった=1項で撤回できない/選んだときの意思に欠陥があった(制限行為能力・錯誤・詐欺・強迫)=2項で取消しは妨げない
2項です。ただし、取消しまでは妨げない、とあります。第一編の総則と、前編の親族の規定による取消しはできます。総則の規定とは、制限行為能力、錯誤、詐欺、強迫を理由とする取消しです。意思表示の取消しは、以前に見ました。撤回という言葉は、以前、意思表示が相手に届く前に取り下げる場面で見ました。919条の撤回は、それとは場面が違い、すでにした承認や放棄を、気が変わったので取り下げることです。どちらの撤回も、意思表示に欠陥がなくても、自分の都合で取り下げる点は同じです。取消しは、意思表示に欠陥があったことを理由に、あとから効力を失わせるものです。たとえば、だまされて放棄をした場合は、詐欺による取消しの問題になります。気が変わっただけでは、取消しの理由になりません。ですから、919条は、選び直しを、理由で2つに分けています。気が変わった、は1項で認めません。選んだときの意思に欠陥があった、は2項で認めます。3か月の中でも、救われるのは、欠陥のある選択だけです。
図:919条3項・4項
- 3項=取消権は、追認をすることができる時から6か月行使しないと時効によって消滅/承認又は放棄の時から10年を経過したときも同様
- 4項=限定承認又は相続の放棄の取消しは、家庭裁判所に申述
3項です。取消権には、期間制限があります。2つです。1つ目は、追認をすることができる時から、6か月、行使しないと、時効によって消滅します。2つ目は、承認または放棄の時から10年を経過したときも、同様です。追認をすることができる時とは、取消しの原因となっていた状況が消滅し、かつ、取消権を持つことを知った後、という意味でした。124条1項です。取消しと追認のところで見たとおりです。たとえば、だまされていたと気づいて、その状況が消えた時から数えます。4項です。限定承認または相続の放棄の取消しをしようとする人は、その旨を、家庭裁判所に申述しなければなりません。
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図:まとめ
まとめます。1つ目、相続の効果は当然に生じますが、相続人は、単純承認、限定承認、放棄の3つから選べます。2つ目、選ぶ期間は、熟慮期間です。自己のために相続の開始があったことを知った時から、3か月です。原則は、相続開始の原因となる事実と、自分が相続人になった事実を、両方知った時です。例外は、相続財産が全く存在しないと信じ、調査を期待するのが著しく困難で、そう信じるについて相当な理由があるときです。その場合は、財産の存在を認識した時、または通常認識しうべき時から数えます。熟慮期間は、相続人ごとに別々に進みます。家庭裁判所が伸長できます。選ぶ前に、財産の調査もできます。再転相続では、孫が、父の地位を自分が承継した事実を知った時から進みます。未成年者や成年被後見人は、法定代理人が知った時です。3つ目、承認と放棄は、熟慮期間内でも撤回できません。できるのは、取消しだけで、取消権は、追認できる時から6か月、承認または放棄の時から10年で消えます。
父の死から4か月後に保証債務が分かった子は、財産も借金も何もないと信じ、調べることを期待するのが著しく困難で、そう信じるについて相当な理由がある場合に限って、保証債務を知った日から3か月以内なら、家庭裁判所に申述して、放棄できます。このどれかが欠ければ、原則どおりです。3か月はとうに過ぎていて、単純承認とみなされます。一部の財産を知っていた場合は、判決の型そのものではなく、断定はできません。期間を過ぎれば、単純承認とみなされる、という一言を何度か使いました。次は、単純承認になってしまう場面を見ます。
参照条文
- 民法915条
- 民法916条
- 民法917条
- 民法919条