民法ゼロから民法#362

持戻し免除と死亡保険金の特別受益

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第8章 相続 #362/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

贈られた自宅は遺産に戻して計算されるか

冒頭の設例。A(夫・死亡・遺産は預金2,000万円・生前に自宅3,000万円を妻に贈与)、B(妻・婚姻30年)、C(夫の先妻との間の子)。問い=Cは「その家も遺産に戻して計算すべきだ」と言う。戻して計算されるのか。 図:冒頭の設例

  • A(夫・死亡・遺産は預金2,000万円・生前に自宅3,000万円を妻に贈与)、B(妻・婚姻30年)、C(夫の先妻との間の子)
  • 問い=Cは「その家も遺産に戻して計算すべきだ」と言う
  • 戻して計算されるのか

設例です。夫が亡くなりました。相続人は、妻と、夫の先妻との間の子の2人です。妻とは、結婚して30年になります。夫は生前、2人で暮らしてきた自宅を、妻に贈与していました。建物と敷地を合わせて、評価は3,000万円です。贈与のときも、相続開始のときも、変わらないものとします。遺産は、預金2,000万円です。先妻の子は、こう言います。その家も遺産に戻して計算すべきだ、と。戻して計算されるのでしょうか。原則はそのとおりです。ただ、今回は、その原則がうまくいかなくなる場面を見ます。先に筋だけ言います。903条は、相続人どうしの公平を測る計算で、もらった物を取り上げる仕組みではありません。そして、その計算は、被相続人の意思で外せます。金額は、道筋を通ったあとで出します。

地図。903条の例外と周辺。①引き切れない=超過(2項)②被相続人が戻さなくてよいと決めていた=免除(3項)③20年以上の夫婦の居住用不動産=免除の推定(4項)④死亡保険金は特別受益か(判例)。 図:地図

  • 903条の例外と周辺
  • ①引き切れない=超過(2項)②被相続人が戻さなくてよいと決めていた=免除(3項)③20年以上の夫婦の居住用不動産=免除の推定(4項)④死亡保険金は特別受益か(判例)

道筋は4つです。引き切れないときの2項、戻さなくていいと決めていたときの3項、長年連れ添った夫婦の自宅についての4項、そして条文の外にある、死亡保険金の判例です。

超過特別受益、引き切れないとき

超過特別受益——引き切れないとき。思い出す:具体的相続分の額は、どう出したか? 図:超過特別受益——引き切れないとき。思い出す:具体的相続分の額は、どう出したか?

始める前に、前回の計算を思い出してください。具体的相続分の額は、前回、どう出しましたか? 式で言ってみてください。遺贈は足さないが、引くのでしたね。では、引いてみたら、残りがゼロ以下になったらどうなるか。それを定めたのが、2項です。条文を読みます。

条文民法903条

民法 第九百三条(特別受益者の相続分) 1項 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。 2項 遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。 3項 被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。 4項 婚姻期間が二十年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第一項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。

2項です。遺贈または贈与の価額が、相続分の価額に等しいか、これを超えるとき。受贈者や受遺者は、その相続分を受けることができない。つまり、遺産からは、もう受け取れません。式で引いた結果が、ゼロかマイナスになる場面です。この場面を、超過特別受益と呼びます。

計算1(冒頭の設例を、戻して計算)。①みなし相続財産=預金2,000+自宅3,000=5,000万円②一応の相続分=妻2,500・子2,500③控除=妻から3,000④妻=2,500−3,000=マイナス500→2項でゼロ/超過500万円は子が負担⑤額=妻0・子2,000(検算=預金2,000万円)⑥自宅は妻のまま、返さない。 図:計算1

  • 冒頭の設例を、戻して計算
  • ①みなし相続財産=預金2,000+自宅3,000=5,000万円②一応の相続分=妻2,500・子2,500③控除=妻から3,000④妻=2,500−3,000=マイナス500→2項でゼロ
  • 超過500万円は子が負担⑤額=妻0・子2,000(検算=預金2,000万円)⑥自宅は妻のまま、返さない。

冒頭の設例を、先妻の子の言うとおり、戻して計算します。1つ目、みなし相続財産です。預金2,000万円に、妻への贈与3,000万円を足して、5,000万円です。2つ目、一応の相続分です。相続人は、配偶者と子ですから、900条により、2分の1ずつです。妻も子も、2,500万円です。3つ目、控除です。妻は、贈与で3,000万円を受けています。2,500万円から3,000万円を引くと、マイナス500万円です。ここが2項です。妻の贈与は、一応の相続分を超えています。ですから、妻は、遺産からは受け取れません。妻の額は、ゼロとして扱います。

超過した500万円を、妻が遺産に返すことはありません。ここが大事なところです。2項が言っているのは、その相続分を受けることができない、という一点だけです。超過分を返せ、とは書いていません。贈与は、有効なまま、妻のものです。帳簿に例えます。みんなで配当を分けるとき、先に現金を受け取った人がいたとします。帳簿の上で、その人の取り分を超えていたとしても、受け取った現金を返せ、とは言いません。ただ、帳簿は合わせなければならない。その人のマイナス分は、残りの人の取り分を縮めて、帳尻を合わせます。設例では、残りの人は、子の1人だけです。ですから、超過した500万円は、子が負担します。子の額は、2,500万円から500万円を引いて、2,000万円です。これが4つ目の、額です。妻はゼロ、子は2,000万円です。足すと2,000万円で、預金の額と一致します。検算が合いました。まとめると、先妻の子の言うとおり戻して計算した場合、預金2,000万円は、全部、子に行きます。妻は、預金を受け取れません。ただし、自宅の3,000万円は、妻のままです。返す必要はありません。これが、戻して計算した場合の答えです。

条文に、明文の定めはありません。通説は、他の共同相続人が、それぞれの具体的相続分の割合に応じて負担する、と考えます。超過した分を、残りの相続人が、もともと受け取るはずだった大きさに応じて分け合うのが、公平だからです。数字の例で確かめます。

計算2(3人の例)。遺産2,400万円。W(妻・1/2)・B(子・1/4)・A(子・1/4)。Aは生計の資本として1,200万円の贈与。①みなし=3,600②一応=W1,800・B900・A900③A=900−1,200=マイナス300→ゼロ④W・Bが1,800:900=2:1で負担=W200・B100⑤額=W1,600・B800・A0(合計2,400)⑥率=W2/3・B1/3・A0⑦最終=A1,200・W1,600・B800(合計3,600)。 図:計算2

  • 3人の例
  • 遺産2,400万円。W(妻・1/2)・B(子・1/4)・A(子・1/4)。Aは生計の資本として1,200万円の贈与。①みなし=3,600②一応=W1,800・B900・A900③A=900−1,200=マイナス300→ゼロ④W・Bが1,800:900=2:1で負担=W200・B100⑤額=W1,600・B800・A0(合計2,400)⑥率=W2/3・B1/3・A0⑦最終=A1,200・W1,600・B800(合計3,600)。

遺産は2,400万円です。相続人は、妻Wが2分の1、子Bと子Aが、4分の1ずつです。Aは、生計の資本として、1,200万円の贈与を受けていました。1つ目、みなし相続財産です。2,400万円に1,200万円を足して、3,600万円です。2つ目、一応の相続分です。Wは1,800万円、BとAは、900万円ずつです。3つ目、Aの控除です。900万円から1,200万円を引いて、マイナス300万円。2項により、Aの額はゼロです。超過は300万円です。4つ目、負担です。WとBが、それぞれの具体的相続分の割合で負担します。WもBも贈与を受けていないので、具体的相続分は、一応の相続分と同じです。Wが1,800万円、Bが900万円ですから、2対1です。300万円を2対1に分けて、Wが200万円、Bが100万円です。5つ目、額です。Wは1,800万円から200万円を引いて、1,600万円。Bは、900万円から100万円を引いて、800万円。Aはゼロ。足すと2,400万円で、遺産と一致します。6つ目、率です。Wが3分の2、Bが3分の1、Aはゼロです。最終の姿も確かめます。Aは、生前の1,200万円を、返さずにそのまま持ちます。そこに、Wが1,600万円、Bが800万円です。合計は、3,600万円で、みなし相続財産と一致します。ここで問いです。贈与で受けた額が、相続分を超えた相続人は、その超過分を、遺産に返さなければならないでしょうか?

返さなくてよいです。贈与は有効なままで、その相続人は遺産から受け取れないだけです。足りない分は、他の相続人が、具体的相続分の割合で負担します。返さない。負担するのは、他の相続人。ここまでが2項です。

持戻し免除の意思表示

903条3項。被相続人が、1項・2項(持戻しと控除)と異なる意思を表示したときは、その意思に従う。効果の対比=免除なし/免除あり(贈与=みなし相続財産に足さない・引かない/遺贈=引かない)。 図:903条3項

  • 被相続人が、1項・2項(持戻しと控除)と異なる意思を表示したときは、その意思に従う
  • 効果の対比=免除なし/免除あり(贈与=みなし相続財産に足さない・引かない/遺贈=引かない)

次は、3項です。さきほどの条文を、もう一度見てください。被相続人が、前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。前二項というのは、持戻しと控除の規定です。被相続人が、その計算はしないでほしい、と決めていれば、決めたとおりにする、という規定です。この意思表示を、持戻し免除の意思表示と呼びます。免除を、贈与した本人の意思で決めてよい理由は、持戻しの計算が、被相続人の意思の推測だからです。生前の贈与は、遺産の前渡しだろう、と見て、公平のために戻します。けれども、被相続人が、これは前渡しではなく、特別に与えたものだ、と決めていたなら、その意思を尊重してよい。そう考えます。帳簿で言えば、この分は帳簿に載せないでくれ、という本人の指示です。効果です。贈与について免除があると、その贈与は、みなし相続財産に足しません。そして、各人の取り分から、引くこともしません。持戻しも、控除も、しません。遺贈について免除があると、遺贈はもともと足さないので、引くことをしません。つまり、控除をしません。たとえば、さきほどの3人の例で、Aへの1,200万円が、贈与ではなく遺言による遺贈で、免除も書かれていたとします。遺贈は、遺産の中から渡すものでした。ですから、遺産2,400万円のうち、Aへの遺贈が1,200万円です。Aは、その1,200万円を受けたうえで、残りの1,200万円を、3人で法定相続分どおりに分けます。

冒頭の設例で試します。もし夫が、この家は持戻しの計算に入れない、と言っていたとします。明示の免除です。すると、自宅は計算の外です。みなし相続財産は、預金の2,000万円だけ。妻も子も、2分の1ずつで、1,000万円です。妻は、自宅の3,000万円に、預金の1,000万円を加えて、4,000万円。子は1,000万円です。方式に、決まりはありません。条文も、意思を表示したとき、としか言っていません。贈与については、黙示の意思表示でもよいとされています。たとえば、老後の生活を保障するために贈った、長年の貢献に報いるために贈った、と認められる事情があるときです。ただし、黙示の認定は、事情ごとの判断です。ここでは、黙示でもよい、という点を押さえてください。注意が1つあります。免除があっても、相続人には、遺留分という別の守りがあります。免除の意思が、遺留分の計算にどう響くかは、別の回で見ます。

903条4項、20年以上の夫婦の居住用不動産

903条4項の3要件。①婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人②他の一方(配偶者)に対し③その居住の用に供する建物またはその敷地について遺贈または贈与。効果=1項を適用しない旨の意思を表示したものと推定(反証で覆る)。設例の当てはめ=婚姻30年・夫から妻へ・2人で暮らしてきた自宅の贈与→3要件を満たす。 図:903条4項の3要件

  • ①婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人②他の一方(配偶者)に対し③その居住の用に供する建物またはその敷地について遺贈または贈与
  • 効果=1項を適用しない旨の意思を表示したものと推定(反証で覆る)
  • 設例の当てはめ=婚姻30年・夫から妻へ・2人で暮らしてきた自宅の贈与→3要件を満たす

では、冒頭の設例に戻ります。夫は、何も言い残していませんでした。免除の意思は、示されていません。ここで働くのが、4項です。もう一度、条文を見てください。4項は、要件が3つです。1つ目、被相続人が、婚姻期間が20年以上の夫婦の一方であること。2つ目、他の一方、つまり配偶者に対して、であること。3つ目、その居住の用に供する建物またはその敷地について、遺贈または贈与をしたこと。この3つがそろうと、効果が生じます。被相続人は、その遺贈または贈与について、1項の規定を適用しない旨の意思を表示したもの、と推定されます。つまり、持戻しも控除もしない意思があった、と扱います。

推定は、そう決まる、という意味ではありません。そう扱う、ということです。ただし、違うと証明すれば、覆ります。この場合、先妻の子が、夫には免除の意思がなかった、と証明できれば、推定は破れて、1項どおりの計算に戻ります。何もしないで、免除が確定するのではありません。趣旨は、長年連れ添った配偶者の保護です。居住の安定と、老後の生活への配慮です。婚姻が長ければ、自宅を贈るのは、遺産の前渡しというより、これまでの協力への報いと見られる。そう考えて、わざわざ立証しなくても、免除があったものとして扱います。この規定は、平成30年の相続法改正で新しく作られました。

3段の比較。①戻して計算(1項・2項)=妻3,000万円(自宅のみ)・子2,000万円(預金全部)②3項の免除(明示・黙示)=妻4,000万円・子1,000万円③4項の推定=妻4,000万円・子1,000万円(反証で覆れば①に戻る)。検算=合計5,000万円。 図:3段の比較

  • ①戻して計算(1項・2項)=妻3,000万円(自宅のみ)・子2,000万円(預金全部)②3項の免除(明示・黙示)=妻4,000万円・子1,000万円③4項の推定=妻4,000万円・子1,000万円(反証で覆れば①に戻る)
  • 検算=合計5,000万円

冒頭の設例の答えを出します。婚姻30年は、20年以上です。夫から妻への贈与です。2人で暮らしてきた自宅の、建物とその敷地です。3つの要件を、すべて満たします。ですから、免除の意思が推定されます。したがって、自宅は計算に入れません。預金の2,000万円を、妻と子で、1,000万円ずつ分けます。妻は、自宅の3,000万円と預金の1,000万円で、4,000万円。子は、1,000万円です。合わせると5,000万円で、贈与を含めた全体と一致します。板のとおり、免除に至る道は3つあります。明示、黙示、そして4項の推定です。戻して計算すると、妻は3,000万円、そして子は2,000万円でした。免除されると、妻4,000万円、子1,000万円です。

子には、2つの道があります。まずは、夫に免除の意思がなかったと立証して、推定を破ることです。もう1つは、遺留分という別の守りです。子には、遺留分があります。ここで問いです。婚姻期間15年の夫婦で、夫が妻に、2人で住む自宅を贈与しました。903条4項の推定は、働くでしょうか?20年以上ではないので、働きません。要件を1つでも欠けば、推定は働きません。居住用でない別荘を贈った場合も同じです。ただし、推定が働かなくても、終わりではありません。15年の夫婦でも、妻の側が、夫に免除の意思があったと証明すれば、3項で免除されます。なお、配偶者居住権、つまり、残された配偶者が、亡くなった配偶者の家に住み続けられる権利が遺贈されたときも、この推定は準用されます。それは、配偶者居住権の回で見ます。

死亡保険金は特別受益か

死亡保険金は特別受益か。思い出す:受取人に指定された相続人の死亡保険金請求権は、遺産に入るか? 図:死亡保険金は特別受益か

最後のテーマです。ここは、条文の直接の話ではありません。判例の話です。始める前に、思い出してください。死亡保険金の回で見ました。受取人が、被相続人以外の相続人に指定された死亡保険金の請求権は、遺産に入りますか?入りません。受取人の固有の財産でした。権利は、被相続人の手を通らず、最初から受取人のもとに生まれます。受取人欄が被相続人自身なら、請求権は相続財産ですから、今日の議論には入りません。

保険金の原則と例外。固有の財産(相続財産ではない)→903条1項の「遺贈又は贈与に係る財産」に当たらない→特別受益ではない(原則)。ただし、不公平が903条の趣旨に照らし到底是認できないほど著しい特段の事情があれば→903条の類推適用→特別受益に準じて持戻しの対象。 図:保険金の原則と例外

  • 固有の財産(相続財産ではない)→903条1項の「遺贈又は贈与に係る財産」に当たらない→特別受益ではない(原則)
  • ただし、不公平が903条の趣旨に照らし到底是認できないほど著しい特段の事情があれば→903条の類推適用→特別受益に準じて持戻しの対象

では、問題です。保険金は、遺産ではない。それなら、相続人の間の公平を測る持戻しの計算から、まったく外れてよいのでしょうか。たとえば、遺産がほとんどないのに、1人の子だけが、巨額の保険金を受け取ったらどうでしょう。他の子は、納得しにくいですね。この問いに答えたのが、判例です。事案を説明します。母が、自分を契約者と被保険者として、保険に入っていました。契約者は、保険料を払う人です。被保険者は、その人の生き死にで、保険金が出る人です。種類は養老保険、つまり、満期まで生きていれば満期金が、途中で亡くなれば死亡保険金が出る保険です。受取人は、子のうちの1人です。保険金は、約500万円と約74万円。その子は、自宅を増築して両親を住まわせ、認知症になった父の介護を母が行うのを手伝っていました。他の子は、両親と同居していませんでした。他の相続人が、この保険金も持戻しの対象にすべきだと主張しました。判旨は、大きく3つに分かれます。原則、例外、そして例外にあたるかの判断の仕方です。順に読みます。

判例最決平16・10・29 民集58巻7号1979頁

判決の言葉① 保険金請求権は受取人の固有の権利 被相続人が自己を保険契約者及び被保険者とし,共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人と指定して締結した養老保険契約に基づく死亡保険金請求権は,その保険金受取人が自らの固有の権利として取得するのであって,保険契約者又は被保険者から承継取得するものではなく,これらの者の相続財産に属するものではないというべきである。

読み方です。受取人とされた相続人が取得する請求権は、自分の固有の権利です。契約者や被保険者から、受け継ぐものではありません。だから、相続財産に属しません。ここまでは、さきほど確かめたとおりです。

判例最決平16・10・29 民集58巻7号1979頁

判決の言葉② 903条1項の遺贈又は贈与に当たらない 上記の養老保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権又はこれを行使して取得した死亡保険金は,民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないと解するのが相当である。

読み方です。請求権も、受け取った保険金も、903条1項の、遺贈または贈与に係る財産には当たらない。つまり、原則として、特別受益ではありません。持戻しの対象にならない、ということです。ここで問いです。受取人が相続人に指定された死亡保険金は、原則として、特別受益にあたるでしょうか?あたりません。固有の財産で、遺贈や贈与にあたらないからです。例外は、特段の事情があるときだと思います。では、その例外を読みます。

判例最決平16・10・29 民集58巻7号1979頁

判決の言葉③ 特段の事情があれば903条を類推適用 もっとも,上記死亡保険金請求権の取得のための費用である保険料は,被相続人が生前保険者に支払ったものであり,保険契約者である被相続人の死亡により保険金受取人である相続人に死亡保険金請求権が発生することなどにかんがみると,保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には,同条の類推適用により,当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当である。

読み方です。保険料は、被相続人が生前に払ったものです。そして、被相続人が亡くなることで、受取人に請求権が生まれます。この点から、実質は、被相続人が与えた利益に近い。そこで、不公平が903条の趣旨に照らして、到底是認できないほど著しいという特段の事情があれば、903条の類推適用により、特別受益に準じて、持戻しの対象になります。類推適用とは、条文に直接はあたらないけれど、同じ趣旨が及ぶので、その条文の考え方を当てはめることです。保険金は、遺贈でも贈与でもありません。ですから、903条そのものではない。けれども、共同相続人の公平という趣旨は及ぶので、準じて扱う、という意味です。特段の事情とは、原則から外れる、例外的な事情のことです。

判例最決平16・10・29 民集58巻7号1979頁

判決の言葉④ 特段の事情は総合考慮で判断する 上記特段の事情の有無については,保険金の額,この額の遺産の総額に対する比率のほか,同居の有無,被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係,各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断すべきである。

読み方です。特段の事情の有無は、一つの基準では決まりません。挙げられているのは、保険金の額、その額の遺産の総額に対する比率、同居の有無、被相続人の介護などへの貢献の度合い、各相続人の生活実態です。これらを、総合して判断します。

特段の事情の判断要素。①保険金の額②その額の遺産の総額に対する比率③同居の有無④被相続人の介護等に対する貢献の度合い⑤各相続人の生活実態。判例の事案=保険金約500万円と約74万円・受取人の子は増築して同居・介護を手伝った→特段の事情なし。対比の例(a)遺産4,000万円・保険金300万円・受取人Aは同居し介護/(b)遺産500万円・保険金3,000万円・受取人Aは別居・介護なし、Bが同居し介護。 図:特段の事情の判断要素

  • ①保険金の額②その額の遺産の総額に対する比率③同居の有無④被相続人の介護等に対する貢献の度合い⑤各相続人の生活実態
  • 判例の事案=保険金約500万円と約74万円・受取人の子は増築して同居・介護を手伝った→特段の事情なし
  • 対比の例(a)遺産4,000万円・保険金300万円・受取人Aは同居し介護/(b)遺産500万円・保険金3,000万円・受取人Aは別居・介護なし、Bが同居し介護

判断要素を、板に5つ並べました。事案に戻ります。保険金は、約500万円と約74万円です。受取人の子は、自宅を増築して両親を住まわせ、父の介護を母が行うのを手伝っていました。他の子は、同居していません。貢献は、受取人のほうに厚い事情です。裁判所は、特段の事情があるとまではいえない、と判断しました。したがって、この保険金は、持戻しの対象にならない、という結論です。

判例最決平16・10・29 民集58巻7号1979頁

判決の言葉⑤ あてはめ 上記特段の事情があるとまではいえない。したがって,前記2(5)ア及びイの死亡保険金は,特別受益に準じて持戻しの対象とすべきものということはできない。

ここでいう死亡保険金は、この事案の2口の保険金のことです。逆に、類推適用がありうる型を、例で作ってみます。例aです。遺産は4,000万円。子Aが受取人の保険金は、300万円。Aは、被相続人と同居して、介護もしていました。保険金の比率は小さく、貢献もあります。特段の事情は、なさそうです。例bです。遺産は500万円。子Aが受取人の保険金は、3,000万円です。Aは別居で、介護もしていません。子Bが、同居して介護をしていました。保険金の額は大きく、遺産に比べて桁が違います。しかも、貢献は逆です。この型なら、類推適用が考えられます。例bを、持戻しに乗せて計算します。ここでは、保険金の額をそのまま持戻しの価額として置きます。この置き方で、超過の処理が、そのままつながります。1つ目、みなし相続財産です。遺産の500万円に、保険金の3,000万円を足して、3,500万円です。2つ目、一応の相続分です。AとBは、1,750万円ずつ。3つ目、Aの控除です。1,750万円から3,000万円を引いて、マイナス1,250万円。2項により、Aの額はゼロです。超過の1,250万円は、Bが負担します。Bの額は、1,750万円から1,250万円を引いて、500万円です。遺産の500万円は、全部Bです。検算です。Aは保険金3,000万円、Bは500万円で、合計3,500万円。みなし相続財産と一致します。

判断要素は、どれか1つでもあれば特段の事情になる、というものではありません。諸般の事情を、総合して判断します。保険金の額が大きくても、受取人が最も介護に尽くしていたなら、不公平とまではいえないかもしれません。逆に、額がそれほど大きくなくても、遺産全体に占める比率が非常に大きく、貢献が逆なら、あり得ます。1つの要素で決まる、と覚えないでください。この規範は、論文で論点になりうる部分です。

⭐ 論文で書く規範:死亡保険金請求権と特別受益(判例の規範) 死亡保険金請求権は、保険金受取人が自らの固有の権利として取得するものであって、被相続人から承継取得するものではないから、903条1項の特別受益にあたらない。 もっとも、903条の趣旨は共同相続人の公平にあるから、受取人である共同相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が903条の趣旨に照らし到底是認することができないほど著しいと評価すべき特段の事情がある場合には、903条の類推適用により、特別受益に準じて持戻しの対象となる。 特段の事情は、保険金の額・遺産の総額に対する比率・同居の有無・介護等の貢献の度合い・各相続人の生活実態等を総合考慮して判断する。 (最決平16・10・29 出どころ=判例の解釈規範)

文言も、板のとおりに覚えます。

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まとめ。①超過(2項)=返さない・他の相続人が具体的相続分の割合で負担②免除(3項)=黙示も可・贈与は持戻しも控除もしない/遺贈は控除をしない③4項=婚姻20年以上・夫婦間・居住用の建物またはその敷地の遺贈・贈与→免除の意思表示を推定(反証で覆る)④保険金=原則は特別受益でない・特段の事情があれば903条の類推適用(判断要素5つ)。冒頭の答え=妻4,000万円・子1,000万円。 図:まとめ

  • ①超過(2項)=返さない・他の相続人が具体的相続分の割合で負担②免除(3項)=黙示も可・贈与は持戻しも控除もしない/遺贈は控除をしない③4項=婚姻20年以上・夫婦間・居住用の建物またはその敷地の遺贈・贈与→免除の意思表示を推定(反証で覆る)④保険金=原則は特別受益でない・特段の事情があれば903条の類推適用(判断要素5つ)
  • 冒頭の答え=妻4,000万円・子1,000万円

まとめます。まず、冒頭の答えです。夫は、何も言い残していませんでした。けれども、婚姻30年の夫婦で、夫から妻への、2人で暮らしてきた自宅の贈与です。903条4項により、持戻しをしない意思が推定されます。ですから、自宅は計算に入れず、預金2,000万円を1,000万円ずつ分けます。妻は4,000万円、子は1,000万円です。戻して計算すると、妻は預金を受け取れず、子が預金全部、つまり2,000万円を取ることになっていました。ただし、その場合も、妻は自宅を返す必要はありません。区別を4つ確認します。1つ、超過した贈与は返さない。足りない分は、他の相続人が、具体的相続分の割合で負担します。2つ、持戻し免除は、黙示でもよい。贈与は、持戻しも控除もしません。遺贈は、控除をしません。3つ、4項は、婚姻20年以上、夫婦間、居住用の建物またはその敷地の、遺贈か贈与。効果は、免除の意思表示の推定で、反証があれば覆ります。4つ、死亡保険金は、原則として特別受益ではありません。ただし、不公平が到底是認できないほど著しい特段の事情があれば、903条の類推適用で、持戻しの対象になります。判断要素は、保険金の額、遺産の総額に対する比率、同居の有無、介護などの貢献の度合い、各相続人の生活実態です。前回と今回で、特別受益の計算は、基本形と、その例外が出そろいました。次は、相続人の貢献の側を見ます。

参照条文

  • 民法903条

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