弁護士会照会・調査嘱託・文書送付嘱託
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第2章 訴訟の審理 #51/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
訴えた後の壁
図:冒頭事案の関係図
前回、Aさんは、訴える前の道具をひととおり試しました。予告通知を出し、照会をし、証拠収集処分まで申し立てました。それでも、病院Bは応じませんでした。そしてAさんは、それでも訴えを起こしました。訴状は受理されましたが、手術に関わった医師が誰なのか、看護師が誰だったのかさえ、まだ分かっていません。訴えを起こせば情報が出てくる、とは限らない。そこに、今日の出発点があります。訴えを起こしたからといって、相手や第三者が急に協力的になるわけではありません。今日出てくる4つの道具には、相手が応じなかったときに、それを強制する手段が、実はまだ1つもありません。
訴えたのに、まだ壁があるんですか。あります。ただし、壁の高さは道具ごとに違います。今日はその違いを、順番に見ていきます。
弁護士会照会——なぜ弁護士会を通すのか
図:弁護士会照会の仕組みの関係図
まず、裁判の外の1つ目、弁護士会照会です。弁護士が、受任している事件について、必要な事項の報告を求める制度ですが、ここに1つ、初学者が引っかかりやすい点があります。照会するのは、弁護士本人ではありません。弁護士は、まず所属している弁護士会に申し出るだけです。実際に公務所や団体に照会するのは、弁護士会です。
条文弁護士法23条の2第1項・第2項
弁護士法23条の2第1項・第2項(弁護士会照会) 弁護士は、受任している事件について、所属弁護士会に対し、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることを申し出ることができる。申出があつた場合において、当該弁護士会は、その申出が適当でないと認めるときは、これを拒絶することができる。 2 弁護士会は、前項の規定による申出に基き、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。
弁護士本人が直接聞けばよいのではないか。そこが、今日いちばん最初のポイントです。1項の後段を見てください。申出があった場合に、弁護士会は、その申出が適当でないと認めるときは、拒絶することができる、とあります。弁護士会には、申出の適否を審査する権限があるんです。会社の総務担当者が、社員個人からの「あの取引先の情報を教えてほしい」という依頼を、そのまま外部に流したりせず、必ず上長や審査部門を通すことを想像してください。弁護士個人が直接、照会先に手紙を送っても、照会先からすれば、この弁護士に本当に照会する資格があるのか、単なる詮索ではないのか、確かめようがありません。弁護士会という組織が、いったん適否を審査したうえでの依頼だと分かって初めて、照会先は安心して協力できます。
冒頭のAさんの事件であれば、たとえば、手術のあと後遺症の診察を受けた別の病院に、そのとき診た症状の内容を照会する、という使い方が考えられます。病院Bではなく、第三者の病院に聞けるのが、この道具の持ち味です。ただし、ここまでの仕組みには、まだ何も強制力の話が出てきていません。報告を求めることが「できる」としか書かれていない点に、注目してください。
弁護士会照会の3つの判例——報告義務はある、しかし強制できない
図:判例1の関係図
この制度をめぐって、最高裁の判断が3つ積み重なっています。この3つを、1本の線でつないで見ていきます。結論だけ覚えても、すぐ抜けます。順番で見ると、忘れにくくなります。1つ目は、ある人の前科について、区役所が弁護士会の照会に応じて、すべて報告してしまった事件です。裁判所は、前科や犯罪歴は人の名誉や信用に直接関わる事項であって、みだりに公開されない法律上の利益があるとして、区長が漫然とすべての前科を報告したことを、違法だと判断しました。ここで押さえてほしいのは、この判決が、照会に応じて報告すること自体を、一律に禁じてはいない、という点です。報告することも許されないわけではない。ただし、その扱いには格別の慎重さが要る、としたんです。
図:判例2の関係図
2つ目の判例は、照会を受けた側に答える義務があるのか、そしてその義務を実際にどこまで実現できるのかを問うたものです。郵便の事業をしていた会社が、ある人の転居先の住所を尋ねる照会に対して、報告を拒みました。弁護士会は、その照会先に対して、報告を拒んだことが不法行為だとして、損害賠償を求めました。裁判所は、照会を受けた側は、正当な理由がない限り、報告すべきものと解される、と義務の存在自体は認めました。ですが、弁護士会が持っているのは、制度を適正に運用するために与えられた照会の権限にとどまり、報告を受けること自体について、法律上守られるべき利益を持っているとまでは言えないとしました。だから、報告を拒んでも、弁護士会に対する不法行為にはならない、という結論です。
図:判例3の関係図
そして3つ目の判例が、最後の穴をふさぎます。弁護士会が、今度は損害賠償ではなく、報告義務があること自体を、確認判決で確定させようとしました。賠償が無理なら、義務があることだけでも確認してもらおう。弁護士会は、まさにそういう発想で訴えました。ですが、裁判所はこれも認めませんでした。弁護士法には、報告を拒んだことへの制裁の定めがなく、照会先が自発的に協力することが期待されているだけの制度だとして、義務の有無を判決で確認しても、紛争の解決には役立たないと判断し、確認の利益を欠くとしました。
図:3判例の一本の線の板
- 判例1=報告すること自体は許されうるが前科など人の名誉信用に関わる事項は格別の慎重さが要る(漫然と全部報告は違法)
- 判例2=照会先は正当な理由がない限り報告すべき(報告義務はある)・それでも拒んだ相手に弁護士会は不法行為責任を追及できない
- 判例3=義務があることを確認判決で押さえようとしても確認の利益が無く却下される・結論=報告義務はあるが強制する手段がことごとく塞がれている・罰則も無い
ここで、今日いちばん大事な一言を言います。この3つの判例が示しているのは、報告義務が無い、ということではありません。報告義務はある。しかし、その義務を強制的に実現する手段が、損害賠償でも、確認訴訟でも、ことごとく塞がれている、ということです。さらに言えば、弁護士法には、報告を拒んだこと自体への罰則もありません。ここで、少し立ち止まって考えてほしい問いがあります。弁護士会照会に、報告義務はある。では、報告を拒まれたとき、弁護士会には、何ができるでしょうか。強制する手段は、何もありません。この道具は、相手の自発的な協力に、最初から支えられている道具なんです。
当事者照会——提訴後の道具箱の中の位置づけ
図:当事者照会の呼び戻しの板
- 以前見た当事者照会163条=裁判所を介さない当事者どうしの直接のやりとり・回答を強制する手段が無い
- 提訴前照会132条の2は当事者照会を訴える前に前倒しした前倒し版
- 今日の当事者照会は前倒し版ではなく本体そのもの
裁判の外のもう1つの道具は、当事者照会です。以前、期日の前の準備を扱った回で見た制度です。思い出してみてください。裁判所を介さずに、誰と誰がやりとりする制度で、回答を強制する手段はあったでしょうか?当事者どうしの直接のやりとりで、回答を強制する手段は無かったと思います。前回見た提訴前照会は、この当事者照会を、訴える前に前倒しした制度でした。今日、訴えを起こしたあとのAさんが使えるのは、前倒し版ではなく、この本体そのものです。冒頭のAさんであれば、手術に関わった医師や看護師の氏名を、病院Bに直接照会する、という使い方になります。
回答を強制する手段が無いのは、なぜなんですか。裁判所を通さない、当事者どうしのやりとりだからです。間に裁判所がいないので、答えなさいと命じる者がいません。条文にも、回答を命じる仕組みや、答えなかったときの制裁は置かれていません。相手に答えるべき義務がある、とは考えられていますが、それを強制する手立てはありません。正当な理由なく答えなければ、増えた訴訟費用の負担を命じられたり、弁論の全趣旨として心証に響いたりする、という形で、あとから跳ね返ってくるだけです。さっきの弁護士会照会と同じで、裁判の外の道具は、相手の協力に支えられています。細かい中身は、期日の前の準備の回に譲りますが、今日の道具箱の中では、この位置づけを押さえておいてください。
調査の嘱託——なぜ宣誓も反対尋問も要らないのか
図:調査嘱託の位置づけの板
ここから、裁判の中の道具です。まず、調査の嘱託です。裁判所が、必要な調査を、官庁や学校、商工会議所、取引所などの団体に頼む制度です。前回の提訴前証拠収集処分の2号の調査嘱託は、この調査の嘱託を、訴える前に前倒しで使えるようにしたものです。1号の送付嘱託も同じで、このあと見る文書送付の嘱託の前倒し版にあたります。当事者照会と提訴前照会の関係と、同じ形です。今日見るのは、訴えたあとに使う本体のほうです。
条文民事訴訟法186条第1項・第2項
民事訴訟法186条第1項・第2項(調査の嘱託) 裁判所は、必要な調査を官庁若しくは公署、外国の官庁若しくは公署又は学校、商工会議所、取引所その他の団体に嘱託することができる。 2 裁判所は、当事者に対し、前項の嘱託に係る調査の結果の提示をしなければならない。
事件のあった日の天候を、気象台に尋ねる。ある時期の株価の推移を、取引所に尋ねる。伝染病の症状の経過を、研究機関に尋ねる。取引慣行や、外国の法律の内容を、その分野の団体に尋ねる。こういった使い方です。同じように誰かに聞くのに、証人尋問とどこが違うのか。そこが、この道具の核心です。証人尋問では、証人に宣誓をさせ、嘘をつけば偽証罪に問われる重みを負わせ、さらに反対尋問で記憶や言い分の食い違いを突きます。調査嘱託には、この仕組みが一切ありません。宣誓も、反対尋問もいりません。
図:調査嘱託と証人尋問の比較表
- 調査嘱託=気象記録や株価など回答者の主観や利害が入り込みにくい客観的な事項・宣誓不要・反対尋問不要
- 証人尋問=人の記憶や認識を尋ねる・利害や記憶違いが混ざる余地がある・宣誓と偽証罪の制裁が必要・反対尋問で吟味する
温度計に、今日の最高気温は何度でしたかと尋ねる場面を想像してください。温度計に宣誓させたり、温度計を問い詰めたりする人はいません。温度計は、自分の得にも損にもならないので、正確な数値をそのまま返すだけだからです。これに対して、事故の目撃者に、そのとき何が見えましたかと尋ねる場面は違います。目撃者は、誰かをかばいたい、責任を逃れたいという思いを持ちうる、生身の人間です。だから、宣誓させて偽証罪の重みを背負わせ、反対尋問で食い違いを突く必要があります。気象台や取引所、研究機関は、回答することで自分の利害が動くわけではありません。回答の公正さが、最初から疑われないような、客観的な事項に限られているからこそ、証人に対する担保が、そのまま要らなくなるんです。
もう1つ、押さえておきたい点があります。調査嘱託は、当事者の申立てによって動くこともありますが、裁判所が、自分の判断で調査を嘱託することもできる、と解されています。以前見た、弁論主義の3つ目のテーゼ、職権証拠調べの禁止を覚えていますか。裁判所は、当事者が申し出た証拠に基づかなければならない、という原則でしたね。調査嘱託は、その原則の数少ない例外の1つにあたります。裁判所が自分から第三者に調べを頼めるという点で、当事者尋問などと並ぶ、職権証拠調べの禁止の例外です。
文書送付の嘱託——持っている文書を送ってもらう
図:文書送付嘱託の位置づけの板
裁判の中の、もう1つの道具です。文書送付の嘱託といいます。
条文民事訴訟法226条
民事訴訟法226条(文書送付の嘱託) 書証の申出は、第二百十九条の規定にかかわらず、文書の所持者にその文書の送付を嘱託することを申し立ててすることができる。ただし、当事者が法令により文書の正本又は謄本の交付を求めることができる場合は、この限りでない。
中身は単純です。誰かが持っている文書を、裁判所から送ってもらうよう頼む道具です。冒頭のAさんの事件であれば、以前検査を受けた別の医療機関に、その検査記録を送ってもらう、という使い方が考えられます。当事者が、法令の規定で、その文書の正本や謄本の交付を自分で求められる場合は、この嘱託は使えません。すでに直接請求する手段がある以上、裁判所の手を借りる必要が無いからです。調査嘱託も、文書送付の嘱託も、名前のとおり「嘱託」であって「命令」ではありません。どちらも、相手の任意の協力が前提です。断られたときに、初めて視野に入るのが、強制できる道具です。文書を強制的に出させる、文書提出命令。物を強制的に見せる、検証物提出命令。この2つの中身は、また別の回でじっくり扱います。今日は、任意の道具の先に、強制の道具が控えている、という位置づけだけ押さえてください。
今日の地図(保存版)
図:道具箱全体の比較表
- 訴える前=提訴予告通知・提訴前照会132条の2/3・提訴前証拠収集処分132条の4=予告通知と提訴前照会は当事者どうし・裁判所が関わるのは提訴前証拠収集処分のみ・強制力は無し
- 訴えた後の裁判の外=弁護士会照会・当事者照会=当事者や弁護士会が動く・裁判所の関与無し・強制力は無し
- 訴えた後の裁判の中=調査の嘱託・文書送付の嘱託=裁判所が関与・強制力は無し
- 強制できる道具=文書提出命令223条・検証物提出命令232条=裁判所が命令・強制力あり
今日見てきた道具を、前回の道具と合わせて、1枚の表に並べましょう。訴える前の道具は、提訴予告通知、提訴前照会、提訴前証拠収集処分の3つでした。予告通知と照会は当事者どうしのやりとりで、裁判所が関わるのは、証拠収集処分だけでした。訴えたあとの、裁判の外の道具が、弁護士会照会と当事者照会。こちらも、当事者や弁護士会だけで動いていて、裁判所は出てきませんね。裁判の中の道具が、調査の嘱託と、文書送付の嘱託。訴えたあとの道具では、ここで初めて裁判所が出てきて、第三者に頼みます。前回の提訴前証拠収集処分と、同じ形です。ですが、頼むだけで、命じるわけではありません。
つまり、ここまでの道具は、答える義務があるものも無いものも、応じてもらえなければ強制できない。全部、任意の道具なんですね。強制力を持つのは、この表の外にある、文書提出命令と検証物提出命令だけです。冒頭のAさんの場合で言えば、手術に関わった医師や看護師の氏名は当事者照会で、手術後の症状は弁護士会照会で、以前の検査記録は文書送付の嘱託で、それぞれ手に入る見込みが出てきます。ですが、病院Bがどうしても協力しないカルテの核心部分があれば、そこは今日の道具だけでは動かせません。訴える前も、訴えたあとも、任意の道具だけでは、どこかで壁にぶつかるんですね。ですが、法はそこで終わっていません。相手が応じなくても、裁判所が命じて証拠を出させる道具が、別に用意されています。
ただ、その前に、証拠調べそのものの仕組みを押さえておく必要があります。今日見た道具箱を土台に、いよいよ証拠を法廷に持ち込む場面に入っていきます。
参照条文
- 弁護士法23条の2第1項・第2項
- 民事訴訟法186条第1項・第2項
- 民事訴訟法226条