民訴ゼロから民訴#87

不利益変更禁止と相殺の抗弁

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第5章 上訴・再審 #87/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

控訴したのに損をするか

冒頭の関係図(原告A=貸主・被告B=借主/AはBに貸金300万円の返還を請求/Bは「貸借は無効」と争い予備的にBの反対債権300万円で相殺を主張/第一審=貸金は有効・相殺で請求棄却/Aだけが控訴・Bは控訴も附帯控訴もしない/問い=控訴審が調べ直して貸金が無効だったらどうするか) 図:冒頭の関係図

  • 原告A=貸主・被告B=借主
  • AはBに貸金300万円の返還を請求
  • Bは「貸借は無効」と争い予備的にBの反対債権300万円で相殺を主張
  • 第一審=貸金は有効・相殺で請求棄却
  • Aだけが控訴・Bは控訴も附帯控訴もしない
  • 問い=控訴審が調べ直して貸金が無効だったらどうするか

AさんはBさんに貸した300万円の返還を求めて訴えました。Bさんは二段構えで反論します。1つめは、「そもそも、その貸し借りは無効だ」という主張です。2つめは予備的な主張で、「万一、貸し借りが有効だとしても、私にはAさんに対して、売買代金の返還を求める債権が300万円ある。それで相殺する」というものです。第一審の裁判所は、貸し借りは有効に成立していたと認めました。そのうえで、Bさんの相殺の主張を採用して、Aさんの請求を棄却しました。貸金300万円と、Bさんの反対債権300万円が、打ち消し合ったのです。負けたAさんだけが控訴しました。Bさんは、控訴も附帯控訴もしていません。ここで仮定の設問です。控訴審が調べ直したところ、貸し借りそのものが、そもそも無効だったとします。控訴審は、Aさんの請求をどう扱えばよいでしょうか。

取り消して請求棄却にする処理は、理屈に合っているように見えます。ところが、その処理をすると、Aさんは、控訴しなかったときよりも損をします。自分から控訴したのに、です。請求棄却のままなのに、どこが損なんですか。そこが今日の中心です。答えは、回の最後に回収します。なお、この設問は、実際にあった最高裁の事件を下敷きにしていますが、その事件の経過は少し違います。判例を見る場面で、事実を正確に確認します。

304条——移審は全部、変えてよいのは不服の範囲だけ

移審の範囲と変更の範囲の板(移審=第一審の全請求が控訴審に移る・上訴不可分/取消し・変更できる範囲=不服申立てがされた部分だけ・304条/口頭弁論も第一審判決の変更を求める限度で・296条1項) 図:移審の範囲と変更の範囲の板

  • 移審=第一審の全請求が控訴審に移る・上訴不可分
  • 取消し・変更できる範囲=不服申立てがされた部分だけ・304条
  • 口頭弁論も第一審判決の変更を求める限度で・296条1項

本論の前に、前回の復習です。前回見た附帯控訴は、被控訴人のどんな道具でしたか?審判の範囲を、誰が決めるのか。これが今日の出発点になります。範囲を決めるのは、当事者の不服申立てだ、という点です。上訴が出されると、事件は全部上に移ります。移審です。ただ、移ってきたものを、控訴審が何でも自由に変えてよいわけではありません。

条文民事訴訟法304条

民事訴訟法304条(第一審判決の取消し及び変更の範囲) 第三百四条 第一審判決の取消し及び変更は、不服申立ての限度においてのみ、これをすることができる。

取り消したり変更したりできるのは、不服申立ての限度だけです。喩えるなら、家の改修工事です。建物は丸ごと控訴審に運び込まれますが、工事の許可が出ているのは、依頼書に書かれた部屋だけです。依頼書にない部屋には、手を入れられません。控訴審の口頭弁論も同じ範囲で行います。296条1項が、当事者が第一審判決の変更を求める限度でだけ口頭弁論をする、と定めていました。請求の併合の回で見た例があります。原告が主位的請求と予備的請求を併合した事件で、被告だけが控訴した場合です。上訴不可分なので、主位的請求も控訴審に移りますが、控訴審が判断してよいのは、被告が不服を言った予備的請求だけでした。移ってくる範囲と、判断してよい範囲は、別のものなのです。

事案βの数直線(請負代金200万円を請求・第一審は150万円を認容し50万円を棄却/0-50-100-150-170-200万円の数直線/不利益変更禁止=Aだけ控訴でBが附帯控訴しなければ150万円を100万円に減らせない・控訴棄却にとどまる/利益変更禁止=Aが「あと20万円」だけ求めて控訴すれば170万円まで) 図:事案βの数直線

  • 請負代金200万円を請求・第一審は150万円を認容し50万円を棄却
  • 0-50-100-150-170-200万円の数直線
  • 不利益変更禁止=Aだけ控訴でBが附帯控訴しなければ150万円を100万円に減らせない・控訴棄却にとどまる
  • 利益変更禁止=Aが「あと20万円」だけ求めて控訴すれば170万円まで

数直線で見ます。前回の続きで、Aさんが、請負代金200万円をBさんに請求したとします。第一審は、そのうち150万円を認めて、残る50万円を棄却しました。Bさんは請求棄却を求めていました。Aさんだけが、棄却された50万円について控訴しました。控訴審が調べたところ、こう考えたとします。「この工事の代金は、本当は100万円しか認められない」。第一審の150万円は、多すぎたという判断です。控訴審は、150万円の認容を100万円に減らせるでしょうか。減らせません。Bさんは、控訴も附帯控訴もしていないので、150万円の認容に対する不服申立てが、どこにも出ていないからです。控訴審にできるのは、Aさんの控訴を棄却して、150万円のままにしておくところまでです。これを、不利益変更禁止の原則といいます。控訴した側は、控訴しなかったときより悪くはならない、という原則です。逆向きの原則もあります。Aさんが、「あと20万円だけ増やしてほしい」と限って控訴したとします。控訴審は、調べて「200万円がすべて認められる」と考えました。それでも、認められるのは、150万円に20万円を足して、170万円までです。Aさんが求めた範囲を超えて、有利にはできません。これが、利益変更禁止の原則です。境目も確認します。Aさんが「あと20万円」に限って控訴したのに、控訴審が、Bさんに対する150万円の認容を100万円に減らしたら、どうでしょうか。Aさんが求めた範囲の外へ出ていますし、Aさんを悪くする方向でもあります。Bさんの附帯控訴がなければ、許されません。控訴審が動かせるのは、あくまで、誰かが不服を言った部分だけです。

整理します。不利益変更禁止は、控訴した側が悪くならないこと。利益変更禁止は、控訴した側が求めた以上に良くならないこと。どちらも、不服申立ての範囲の内側で判決を動かす、というひとつの線から出てきます。附帯控訴があれば、150万円の認容に対するBさんの不服も、審判の範囲に入ります。減額して100万円にすることも可能になります。附帯控訴には、不利益変更禁止を外す働きもあるわけです。ここでは、その一点だけ押さえてください。ここで一問です。Aさんだけが控訴した請負代金の事案で、Bさんが附帯控訴していないとき、控訴審は150万円を100万円に減らせますか?

減らせません。Bさんから不服が出ていないので、不利益変更禁止で、150万円のまま控訴棄却になります。Bさんが附帯控訴をしていれば別、というところまで含めて覚えてください。

根拠は処分権主義——境界確定訴訟には及ばない

不利益変更禁止が及ぶ場面と及ばない場面(根拠=控訴審における処分権主義・246条/及ぶ=通常の請求の第一審判決/及ばない=処分権主義が働かない境界確定訴訟・職権でできる訴訟費用の裁判67条・仮執行宣言259条) 図:不利益変更禁止が及ぶ場面と及ばない場面

  • 根拠=控訴審における処分権主義・246条
  • 及ぶ=通常の請求の第一審判決
  • 及ばない=処分権主義が働かない境界確定訴訟・職権でできる訴訟費用の裁判67条・仮執行宣言259条

なぜ、控訴審は不服申立ての範囲でしか動けないのか。根拠は、処分権主義です。

条文民事訴訟法246条

民事訴訟法246条(判決事項) 第二百四十六条 裁判所は、当事者が申し立てていない事項について、判決をすることができない。

第一審では、原告が求めた以上の判決は出せませんでした。何について、どこまで裁判を求めるかを決めるのは当事者だからです。この考え方が、控訴審にも続いています。控訴審でも、審判の範囲を決めるのは、当事者の不服申立てです。不利益変更禁止と利益変更禁止は、控訴審における処分権主義の現れだと理解されています。改修工事の依頼書の喩えでいえば、依頼した人が範囲を決める、という原則です。そうだとすると、処分権主義が働かない場面では、この原則は及ばないはずです。代表が、境界確定訴訟です。隣り合う土地の境界線がはっきりしないとき、その線を裁判所に定めてもらう訴えです。この訴えでは、裁判所は当事者の主張に縛られず、自分が正当と認める線を定めます。原告と被告のどちらの言い分とも違う線を引いてもよいのです。境界線は、当事者2人だけのものではありません。登記所に備える地図にも関わる、公法上の線です。当事者が処分できる問題ではないので、処分権主義が働きません。判例を見ます。事案は、土地の境界の確認を求めるものです。控訴審は、第一審と違う境界線が正しいと自分で認定しながら、被控訴人が不服を申し立てていないとして、第一審判決を変更せず、控訴を棄却しました。最高裁は、これを違法として、破棄して差し戻しました。

境界確定訴訟の判例の事実欄(土地の境界の確認を求める訴え/控訴審は第一審と異なる境界線を正当と認定/被控訴人が不服を申し立てていないとして第一審判決を変更せず控訴棄却/最高裁は職権で違法とし破棄差戻し) 図:境界確定訴訟の判例の事実欄

  • 土地の境界の確認を求める訴え
  • 控訴審は第一審と異なる境界線を正当と認定
  • 被控訴人が不服を申し立てていないとして第一審判決を変更せず控訴棄却
  • 最高裁は職権で違法とし破棄差戻し

判例最判昭38・10・15 民集17巻9号1220頁

境界確定訴訟と不利益変更禁止 されば、第一審判決が一定の線を境界と定めたのに対し、これに不服のある当事者が控訴の申立をした場合においても、控訴裁判所が第一審判決の定めた境界線を正当でないと認めたときは、第一審判決を変更して、自己の正当とする線を境界と定むべきものであり、その結果が控訴人にとり実際上不利であり、附帯控訴をしない被控訴人に有利であつても……この場合には、いわゆる不利益変更禁止の原則の適用はないものと解するのが相当である。

判決の言葉は、こうです。控訴裁判所が第一審の境界線を正当でないと認めたときは、自己の正当とする線を境界と定めるべきで、その結果が控訴人にとって実際上不利であり、附帯控訴をしない被控訴人に有利であっても、不利益変更禁止の原則の適用はない。ここで押さえるのは、結論です。控訴した側に不利な線になってもよい、ということです。処分権主義が働かない訴えだから、不利益変更禁止という制限も、かからないのです。及ばない場面は、あと2つあります。どちらも、裁判所が職権でできる事項です。1つは、訴訟費用の裁判です。裁判所は、当事者の申立てがなくても、職権で費用の負担を定めます。もう1つは、仮執行宣言です。259条により、申立てによって、または職権でつけられます。当事者の申立てに縛られないことがらなので、控訴した側が不利になっても、不利益変更禁止には当たりません。問いです。境界確定訴訟で、控訴人に不利になる境界線を、控訴審は定めてよいでしょうか?

処分権主義が働かない訴えなので、不利益変更禁止が及ばず、定めてよいです。原則の根拠が処分権主義だと分かっていれば、及ばない場面も、根拠から導けます。

有利か不利かは判決効で測る

物差しの板(有利・不利は判決効=既判力で測る・114条1項/対象=主文に包含されるもの=訴訟物についての判断/対象外=判決理由中の判断/例=成立したが弁済で消滅→そもそも成立せず・どちらも請求棄却で既判力の中身は同じ) 図:物差しの板

  • 有利・不利は判決効=既判力で測る・114条1項
  • 対象=主文に包含されるもの=訴訟物についての判断
  • 対象外=判決理由中の判断
  • 例=成立したが弁済で消滅→そもそも成立せず・どちらも請求棄却で既判力の中身は同じ

次は、有利か不利かを、何を物差しにして測るのか、です。答えは、判決効です。ここでいう判決効は、既判力のことです。既判力とは何かの回で見たとおり、確定した判断の中身を、当事者も裁判所も、もう争い直せなくする拘束力です。なぜ判決効で測るのか。判決が確定したあと、当事者をあとあとまで縛るのは、既判力だからです。控訴して損をしたかどうかは、確定したら何に縛られるかで比べる、というわけです。

条文民事訴訟法114条1項

民事訴訟法114条1項(既判力の範囲) 第百十四条 確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。

既判力は、原則として、主文に包含されるものにしか生じません。つまり、訴訟物についての判断です。だから、不利益になるかどうかを判断する対象も、訴訟物についての判断で、判決理由中の判断は、原則として対象外です。例を挙げます。Aさんが貸金を請求して、第一審は、「貸金は成立したが、弁済で消滅した」として、請求を棄却しました。Aさんだけが控訴しました。控訴審が調べると、「そもそも貸金が成立していなかった」と分かりました。理由の見た目は変わりますが、不利益変更にはなりません。主文は請求棄却のままです。確定する中身は、Aさんの貸金請求は認められない、ということです。理由が変わっても、これは動きません。前回見た302条2項で、理由が不当でも主文が正当なら、控訴を棄却するのと、同じ考え方です。確定したあと、Aさんが同じ貸金をもう一度訴えても、あとの裁判所は「この貸金請求は認められない」という判断に縛られます。理由が弁済でも不成立でも、Aさんが縛られる中身は同じです。だから損はしていないのです。ここまでの整理です。既判力の中身が、控訴した側にとって悪くなるなら、不利益変更です。既判力の中身が同じなら、理由がどう変わろうと、不利益変更ではありません。この物差しに、ひとつだけ例外があります。

唯一の例外——相殺の抗弁

事案αの再掲(第一審判決がAに与えたもの・奪ったもの/奪ったもの=貸金300万円の回収/与えたもの=Bの反対債権300万円が相殺で消滅したという判断・Bは反対債権を再びAに請求できない) 図:事案αの再掲

  • 第一審判決がAに与えたもの・奪ったもの
  • 奪ったもの=貸金300万円の回収
  • 与えたもの=Bの反対債権300万円が相殺で消滅したという判断・Bは反対債権を再びAに請求できない

冒頭の事案に戻ります。その前に、既判力の客観的範囲の回で見たことの確認です。判決の理由中の判断に、既判力は原則として生じるでしょうか?原則として生じません。既判力は主文に包含するものだけで、114条1項の話でした。ただ、明文の例外が一つあります。

条文民事訴訟法114条2項

民事訴訟法114条2項(既判力の範囲) 第百十四条 2 相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有する。

相殺の抗弁は、被告が、自分の債権を持ち出して、原告の請求を打ち消す防御です。この判断は、判決の理由中のものですが、例外的に既判力が生じます。反対債権があったかどうかが、蒸し返せなくなるのです。相殺だけが例外とされる決め手は、既判力の客観的範囲の回で見たとおり、二重取りの防止です。既判力がなければ、被告は、相殺に使った債権を、あとで別の訴えでもう一度請求できてしまいます。冒頭の貸金の事案を、第一審判決が誰に何を与え、何を奪ったかで整理します。Aさんは貸金300万円を請求して、棄却されました。貸金を回収できなかった、というのが奪われたものです。ただ、この判決は、もうひとつのことを判断しています。Bさんの反対債権300万円が存在して、相殺で消滅した、ということです。この判断には、114条2項によって、既判力が生じます。

その既判力があると、Aさんには何かいいことがあるんですか。あります。Bさんは、消滅したと判断された反対債権を、あとから、もう一度Aさんに請求することはできません。Aさんは、貸金は取り戻せませんでしたが、反対債権を請求される心配は、なくなったのです。これが、第一審判決が、Aさんに与えていたものです。

2つの結末の対比(第一審判決を維持=貸金は取り戻せないが反対債権300万円は相殺で消滅と確定・BはAに再請求できない/第一審判決を取り消して請求棄却=相殺の判断が消え反対債権の既判力も失われる・Bは反対債権300万円をAに請求できる) 図:2つの結末の対比

  • 第一審判決を維持=貸金は取り戻せないが反対債権300万円は相殺で消滅と確定・BはAに再請求できない
  • 第一審判決を取り消して請求棄却=相殺の判断が消え反対債権の既判力も失われる・Bは反対債権300万円をAに請求できる

控訴審が、「貸金はそもそも無効だった」として、第一審判決を取り消し、改めて請求棄却にしたとします。すると、第一審判決は、相殺の判断ごと消えます。しかも、貸金がそもそも無いなら、打ち消す相手が無いので、控訴審は相殺について判断しません。反対債権が消滅したという既判力も、失われます。Bさんは、生き返った反対債権300万円を、Aさんに請求できます。これが、冒頭の損です。請求棄却という主文は同じでも、既判力の中身が違います。Aさんは、控訴しなかったときには持っていた、反対債権を請求されない地位を、自分の控訴で失うのです。不利益変更禁止に反します。さきほどの、弁済で棄却された例と比べてください。あちらは、理由を「そもそも成立していない」に変えても、Aさんが失うものはありませんでした。理由中の判断に既判力がないからです。相殺で棄却された判決だけは、理由の中に、Aさんを守る既判力が入っているのです。だから控訴審は、第一審判決を維持して、控訴棄却にとどめます。貸金が無効だと思っても、そこまでです。

附帯控訴があれば、Bさんの側からも不服が出ているので、不利益変更禁止が外れます。控訴審は、第一審判決を取り消して、請求棄却にできます。

判例の事実欄(貸主=原告が借主ら=被告らに貸金を請求・被告らは賭場開張の資金と知って貸されたので公序良俗違反で無効と争い反対債権による相殺も主張/第一審=貸金は有効・相殺で全額消滅として請求棄却/原告のみ控訴・被告らは控訴も附帯控訴もせず/控訴審=貸金は有効・相殺は反対債権が認められないと排斥して請求認容/被告らが上告/最高裁=賭博に供されると知ってする金銭消費貸借は公序良俗違反で無効・原判決を破棄し原告の控訴を棄却) 図:判例の事実欄

  • 貸主=原告が借主ら=被告らに貸金を請求・被告らは賭場開張の資金と知って貸されたので公序良俗違反で無効と争い反対債権による相殺も主張
  • 第一審=貸金は有効・相殺で全額消滅として請求棄却
  • 原告のみ控訴・被告らは控訴も附帯控訴もせず
  • 控訴審=貸金は有効・相殺は反対債権が認められないと排斥して請求認容
  • 被告らが上告
  • 最高裁=賭博に供されると知ってする金銭消費貸借は公序良俗違反で無効・原判決を破棄し原告の控訴を棄却

判例に移ります。先ほど、冒頭の設問は、実際の事件と経過が違うと言いました。実際の事件を、原告と被告の言葉で確認します。貸主の原告が、借主ら、つまり被告らに、貸金を請求しました。被告らは、賭場を開くための資金だと知って貸されたお金だから、貸し借りは公序良俗に違反して無効だと争いました。あわせて、反対債権による相殺の抗弁も出しました。第一審は、貸金は有効に成立したと認めたうえで、反対債権と重なる額の相殺で全額が消滅したとして、原告の請求を棄却しました。原告だけが控訴しました。被告らは、控訴も附帯控訴もしていません。控訴審は、第一審と同じく、公序良俗違反の主張を退けて、貸金の有効な成立を認めました。さらに、相殺の抗弁は、反対債権が認められないとして退け、原告の請求を認容しました。そこで、負けた被告らが上告しました。最高裁は、賭博に使われると知って貸す金銭消費貸借は、公序良俗に違反して無効だと判断しました。そして、原判決を破棄して、原告の控訴を棄却しました。つまり、第一審判決を維持したのです。

実際に控訴審が貸金の成立を否定したわけではありません。最高裁は、「控訴審が貸金の有効な成立を否定したときは、どうすべきか」を、一般論として述べたのです。その一般論が、次のカードです。カードの民訴法199条2項は当時の条文の番号で、今の114条2項にあたります。

判例最判昭61・9・4 判時1215号47頁

相殺の抗弁で棄却された原告のみが控訴した場合の不利益変更禁止 本件のように、訴求債権が有効に成立したことを認めながら、被告の主張する相殺の抗弁を採用して原告の請求を棄却した第一審判決に対し、原告のみが控訴し被告が控訴も附帯控訴もしなかつた場合において、控訴審が訴求債権の有効な成立を否定したときに、第一審判決を取り消して改めて請求棄却の判決をすることは、民訴法一九九条二項に徴すると、控訴した原告に不利益であることが明らかであるから、不利益変更禁止の原則に違反して許されないものというべきであり、控訴審としては被告の主張した相殺の抗弁を採用した第一審判決を維持し、原告の控訴を棄却するにとどめなければならないものと解するのが相当である。

判旨の読み方の板(判旨=控訴審が訴求債権の成立を否定しても第一審判決を取り消して請求棄却にするのは原告に不利益で許されない・控訴棄却にとどめる/根拠に挙げた条文=当時の民訴法199条2項=現114条2項/最高裁自身は貸金を無効と判断したうえで原告の控訴を棄却/不利益の中身=反対債権の消滅の既判力が失われ被告が再び請求できる=判旨の言葉ではなく114条2項からの説明) 図:判旨の読み方の板

  • 判旨=控訴審が訴求債権の成立を否定しても第一審判決を取り消して請求棄却にするのは原告に不利益で許されない・控訴棄却にとどめる
  • 根拠に挙げた条文=当時の民訴法199条2項=現114条2項
  • 最高裁自身は貸金を無効と判断したうえで原告の控訴を棄却
  • 不利益の中身=反対債権の消滅の既判力が失われ被告が再び請求できる=判旨の言葉ではなく114条2項からの説明

判決は、こう言っています。控訴審が訴求債権、つまり原告が訴えで求めている貸金債権の有効な成立を否定したときでも、第一審判決を取り消して改めて請求棄却の判決をすることは、民訴法199条2項に照らすと、控訴した原告に不利益であることが明らかで、不利益変更禁止の原則に違反して許されない。控訴審としては、相殺の抗弁を採用した第一審判決を維持して、原告の控訴を棄却するにとどめなければならない。判決が言っているのは、ここまでです。なぜ不利益なのかという中身の説明、つまり反対債権の既判力が失われて、被告が反対債権を改めて請求できるようになる、という点は、私たちが先ほど組み立てた説明です。判決の言葉ではありません。ただ、その説明が、114条2項を持ち出した判決の筋道と合っていることは、確認できます。この事件では、最高裁自身が貸金を無効と判断しました。それでも、請求を棄却する判決に改めるのではなく、第一審判決を維持するために、原告の控訴を棄却したのです。

⭐ 論文で書く規範:不利益変更禁止と相殺の抗弁(論証の型) 不利益変更禁止に反するかは、判決効(既判力)を基準に、控訴人が第一審判決より不利益になるかで判断する、と説明される。判決理由中の判断は原則として対象外。ただし相殺の抗弁は、114条2項で既判力が生じるので対象になる。 判例も、相殺の抗弁で棄却された原告のみが控訴し、控訴審が訴求債権の不存在を認めた場面で、第一審判決を取り消さず、控訴棄却にとどめるとする。

規範としてまとめます。有利か不利かは、既判力を基準に判断する、と説明されます。理由中の判断は原則として対象外ですが、相殺の抗弁は、114条2項があるので対象になります。判例も、相殺で棄却された原告だけが控訴し、被告が附帯控訴していないなら、控訴審が貸金の不存在を認めても、控訴棄却にとどめる、としています。論文では、ここが論点になりえます。書くときは、処分権主義の現れであること、既判力で測ること、相殺だけが例外であること、を順に押さえてください。

今日の地図(保存版)

総括の板(冒頭の答え=控訴審は取り消して請求棄却にはできず控訴棄却にとどめる/損=第一審の相殺判断が守っていた反対債権の消滅という既判力が消える/3つ=①304条・移審は全部・変更は不服の限度・不利益変更禁止と利益変更禁止・根拠は処分権主義・境界確定訴訟や訴訟費用や仮執行宣言には及ばない/②判決効で測る・理由中の判断は対象外/③唯一の例外=相殺の抗弁・附帯控訴があれば別) 図:総括の板

  • 冒頭の答え=控訴審は取り消して請求棄却にはできず控訴棄却にとどめる/損=第一審の相殺判断が守っていた反対債権の消滅という既判力が消える/3つ=①304条・移審は全部・変更は不服の限度・不利益変更禁止と利益変更禁止・根拠は処分権主義・境界確定訴訟や訴訟費用や仮執行宣言には及ばない
  • ②判決効で測る・理由中の判断は対象外
  • ③唯一の例外=相殺の抗弁・附帯控訴があれば別

冒頭の問いに答えます。相殺で棄却された原告のAさんだけが控訴して、控訴審が貸金は無効だと考えても、第一審判決を取り消して請求棄却にはできません。控訴棄却にとどめます。取り消してしまうと、第一審の判決が守っていた、反対債権が消滅したという既判力が失われ、Bさんに再び請求されるおそれが生まれて、Aさんが損をするからです。Bさんが附帯控訴をしていたなら別です。3つ、振り返ります。1つめ、304条です。移審は全部ですが、取消し・変更は不服申立ての限度だけです。悪くしない不利益変更禁止と、求めた以上に良くしない利益変更禁止があり、根拠は控訴審における処分権主義です。だから、処分権主義が働かない境界確定訴訟や、職権でできる訴訟費用の裁判、仮執行宣言には及びません。2つめ、有利か不利かは、判決効、つまり既判力で測ります。判決理由中の判断は、原則として対象外です。3つめ、唯一の例外が相殺の抗弁です。114条2項で既判力が生じるので、対象になります。控訴審の判断にもなお不服があるときは、最高裁へ進む道があります。

参照条文

  • 民事訴訟法304条
  • 民事訴訟法246条
  • 民事訴訟法114条1項
  • 民事訴訟法114条2項

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