簡易裁判所と少額訴訟
印刷のコツ
プリンターでは次の設定がおすすめです。
- 用紙:A4 / 向き:縦
- 拡大縮小:「実際のサイズ」(フィット縮小しない)
- 両面印刷:オン、とじ方は「長辺をとじる」(左綴じ)
- モノクロ印刷OK(強調は色でなく太字なので白黒でも読めます)
第6章 簡易裁判所の手続 #91/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
敷金8万円のために、弁護士を雇うべきか
図:冒頭の関係図
- A=Aさん・アパートを退去した借主
- B=Bさん・個人の大家
- Aさんが敷金8万円の返還をBさんに求める・Bさんは壁紙の張替え費用を引いて返さない
- もう一つの例=バイト代7万円が退職後も振り込まれない
- 問い=泣き寝入りしかないのか
Aさんは、アパートを退去しました。預けていた敷金は8万円。ところが、大家のBさんは、壁紙の張替え費用を差し引くと言って、1円も返してくれません。Aさんの考えでは、通常の使い方で傷んだ分まで引かれていて、納得がいきません。もう一つ、別の人の話を並べます。アルバイトを辞めたのに、最後の月のバイト代7万円が、振り込まれない人です。弁護士に依頼すると、着手金や報酬がかかります。請求する額が8万円や7万円だと、費用のほうが、取り戻せる額を上回りかねません。勝っても赤字です。そこで用意されているのが、簡易裁判所です。市民が、弁護士なしで、自分で進められるように作られた入口です。今日は、Aさんと大家のBさんの敷金8万円の事案で、最後まで通します。バイト代の例は、ここまでです。Aさんが原告、Bさんが被告。途中で入れ替えません。簡易裁判所は、よく簡裁と略されます。今日の問いは3つです。簡裁の手続は、地裁の手続のどこが軽いのか。数字がいくつも出てきますが、どう仕分けるのか。そして、Aさんが1回で決着をつけられる少額訴訟とは、どんな手続で、不満があるときはどうなるのか。
簡裁という入口と、3つの数字
図:簡裁の入口の板
- 270条=簡易な手続により迅速に紛争を解決する
- 簡裁の事物管轄=訴訟の目的の価額が140万円を超えない請求・裁判所法33条1項1号
- 数字の仕分け=140万円は簡裁に訴えられる上限・60万円以下の金銭の支払請求なら少額訴訟を選べる・年10回は同一の簡裁で同一の年に少額訴訟を求められる回数
- 混ぜない=140万円と60万円は別の数字
最初の条文は、簡裁の手続全体の方針を書いた270条です。
条文民事訴訟法270条
民事訴訟法270条(手続の特色) 第二百七十条 簡易裁判所においては、簡易な手続により迅速に紛争を解決するものとする。
簡易な手続で、迅速に。この一文が、今日の特則すべての出発点です。簡裁に訴えを起こせる範囲は、事物管轄の話でした。訴訟の目的の価額が140万円を超えない請求は、簡裁の担当です。裁判所法の33条1項1号です。Aさんの請求は8万円ですから、簡裁に訴えを起こせます。先に仕分けます。140万円は、簡裁に訴えを起こせる上限です。通常の簡裁の手続を使える金額の線です。60万円は、その簡裁の中で、さらに少額訴訟という特別な手続を選べる線です。しかも、お金の支払を求める請求に限られます。そして、年10回は、同じ簡裁で、同じ年に少額訴訟を使える回数の上限です。たとえば、請求額が100万円のとき、少額訴訟は使えるでしょうか。
60万円を超えているので、使えません。でも140万円以下ですから、簡裁には、通常の手続で訴えを起こせます。簡裁に訴えを起こせることと、少額訴訟を使えることは、別の話です。数字の表は、少額訴訟の入口を見るときに、もう一度完成させます。
特則その1 訴えの提起と口頭弁論の軽さ
図:簡裁の特則一覧板
- 地裁の通常手続に対して簡裁の特則を2列で対応
- 訴状に請求の原因を書く対して271条口頭で訴えを提起できる・272条請求の原因に代えて紛争の要点を明らかにすれば足りる
- 準備書面で準備して臨むのが通常に対して276条口頭弁論は書面で準備することを要しない
- 陳述擬制158条最初の期日だけに対して277条続行の期日でも
- 尋問204条ウェブ会議の要件と205条書面尋問に対して277条の2と278条
- 和解の勧めに対して275条の2和解に代わる決定と279条司法委員
ここから、簡裁の特則を、地裁と対で見ていきます。1つめは、訴えを起こす段階と、口頭弁論の準備です。地裁では、訴えは訴状という書面で起こします。簡裁では、口頭でも起こせます。271条です。続けて、起こすときに何を明らかにすればよいかを定めた272条も、並べます。
条文民事訴訟法271条・272条
民事訴訟法271条・272条(口頭による訴えの提起・訴えの提起において明らかにすべき事項) 第二百七十一条 訴えは、口頭で提起することができる。 第二百七十二条 訴えの提起においては、請求の原因に代えて、紛争の要点を明らかにすれば足りる。
口頭で、というのは、裁判所の書記官の面前で陳述して、それを調書に記録してもらう、という形です。実際には、簡裁には、定型の訴状の用紙が用意されていて、空欄を埋めて出すことが多いです。272条は、地裁の訴状に求められる請求の原因を、紛争の要点で足りる、と軽くしています。Aさんの事案なら、「敷金8万円を預けた。退去した。Bさんが返さない」と書けば足りる、という程度です。法律の専門用語で整えた請求の原因を、書かなくていい。これが軽くした点です。次に、口頭弁論です。
条文民事訴訟法276条
民事訴訟法276条(準備書面の省略等) 第二百七十六条 口頭弁論は、書面で準備することを要しない。 2 相手方が準備をしなければ陳述をすることができないと認めるべき事項は、前項の規定にかかわらず、書面で準備し、又は口頭弁論前直接に相手方に通知しなければならない。 3 前項に規定する事項は、相手方が在廷していない口頭弁論においては、次の各号のいずれかに該当する準備書面に記載し、又は同項の規定による通知をしたものでなければ、主張することができない。 一 相手方に送達された準備書面 二 相手方からその準備書面を受領した旨を記載した書面が提出された場合における当該準備書面 三 相手方が第九十一条の二第一項の規定により準備書面の閲覧をし、又は同条第二項の規定により準備書面の複写をした場合における当該準備書面
1項が、軽くした点です。口頭弁論は、書面で準備しなくてよい。地裁では、準備書面を出しておかないと、相手方が言い分の内容を事前に知らされず、困りました。簡裁では、その準備を求めません。ただし、手すりがあります。2項と3項です。相手方が、準備をしなければ答えられない事項は、書面で準備するか、期日の前に、直接、相手方に通知しなければなりません。さらに、相手方が出席していない期日では、送達された準備書面などに書いてあった事項でなければ、主張できません。準備書面が要らないなら、突然新しい主張を出して、相手を驚かせることもできてしまいませんか。そこを防ぐのが、この手すりです。軽くしたのは、書面の準備を求めないことで、相手に不意打ちをしてよいことではありません。軽くした点は、口頭で起こせることと、書面の準備が要らないこと。手すりは、相手が答えられない事項は事前に知らせる、というルールです。
特則その2 続行期日の陳述擬制
図:陳述擬制の対比板
- 158条=原告又は被告が最初にすべき口頭弁論の期日に出頭せず又は出頭したが本案の弁論をしないとき・提出した訴状又は答弁書その他の準備書面に記載した事項を陳述したものとみなす
- 277条=158条を口頭弁論の続行の期日にも準用
- 前提=提出した書面に記載した事項・書面を出していないなら陳述したものとみなす材料がない
- 趣旨=本人が仕事などで全部の期日に出られない負担を軽くする
2つめは、欠席した人の扱いです。地裁の158条は、最初にすべき口頭弁論の期日に欠席した当事者について、出していた訴状や答弁書の内容を、陳述したものとみなす、というものでした。
条文民事訴訟法277条
民事訴訟法277条(続行期日における陳述の擬制) 第二百七十七条 第百五十八条の規定は、原告又は被告が口頭弁論の続行の期日に出頭せず、又は出頭したが本案の弁論をしない場合について準用する。
158条は、最初の期日だけ。簡裁では、続行の期日でも、同じ扱いができます。「続行の期日」とは、最初の期日で終わらず、次回に続いた期日のことです。条文に趣旨は書かれていませんが、こう考えられています。簡裁の当事者は、本人が多く、仕事や家事の都合で、毎回出られるとは限りません。出席できない回の負担を、軽くする。そのための特則だと考えられます。ただし、条文は、158条を準用しています。158条は「その者が提出した訴状又は答弁書その他の準備書面に記載した事項」を陳述したものとみなす、という仕組みでした。つまり、書面を何も出さずに欠席したのなら、陳述したものとみなす材料が、そもそもありません。続行期日でも使えるのは、あくまで、すでに出している書面の記載事項です。ここは、短答で細かく問われます。たとえば、Aさんが訴状を出したあと、2回目の期日に仕事で出られなかったとします。その場合でも、訴状に書いてあった事項は、陳述したものとみなされます。一方、Bさんが答弁書も出さずに続行期日を欠席したなら、Bさんの側に、陳述したとみなされる言い分はありません。軽くした点は、続行期日でも陳述したものとみなされること。手すりは、みなされるのは提出した書面に記載した事項に限られる、ということです。
特則その3 証拠調べの軽さ
図:証拠調べの対比板
- ウェブ会議尋問=地裁204条は証人のみ・3要件のどれか=出頭が困難・圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれ・当事者に異議がない
- 当事者本人は210条の準用
- 簡裁277条の2は相当と認めるときだけ・対象は証人と当事者本人
- 書面尋問=地裁205条は証人のみ・当事者に異議がないとき・当事者本人には使えない
- 簡裁278条1項は証人若しくは当事者本人の尋問又は鑑定人の意見の陳述に代え書面の提出・相当と認めるとき
- 対象ではなく要件の差が本体
3つめは、証拠調べです。地裁の尋問の特則を、2つ並べます。ひとつは、ウェブ会議を使った尋問。もうひとつは、尋問の代わりに書面を出させることです。簡裁では、どちらも、要件が軽くなっています。まず、ウェブ会議です。
条文民事訴訟法277条の2
民事訴訟法277条の2(映像等の送受信による通話の方法による尋問) 第二百七十七条の二 裁判所は、相当と認めるときは、最高裁判所規則で定めるところにより、映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法によって、証人又は当事者本人の尋問をすることができる。
条件は、相当と認めるとき。それだけです。尋問できる相手は、証人と当事者本人です。地裁の204条を思い出してください。証人の尋問をウェブ会議でするには、証人が裁判所に出頭するのが困難な場合、証人が裁判長や当事者のいる場所で陳述すると、圧迫を受けて精神の平穏を著しく害されるおそれがある場合、当事者に異議がない場合の、3つのうちのどれかが必要でした。当事者本人については、210条がこの204条を準用しています。対象の違いではなく、要件の違いです。地裁は、3つの要件のどれかが必要。簡裁は、相当と認めれば足りる。ここが、軽くした点です。尋問を受ける人は、裁判所が相当と認める場所に出頭します。陳述に不当な影響を与える人がいる場所は認められません。民事訴訟規則の170条の2です。これが手すりです。地裁が要件を絞るのは、証人尋問の回で見たとおり、判決を書く裁判官が、法廷で直接、話を聞くのが原則だからです。簡裁の小さな事件では、その原則よりも、出頭の負担のほうが重くなりやすい。だから、相当と認めれば足りる、としています。たとえば、Aさんの退去に立ち会った友人が、遠方に越していたとします。簡裁なら、相当と認めれば、ウェブ会議でその友人を尋問できます。地裁なら、遠くて出頭が困難、という1つめの要件に当たるかを、まず確かめることになります。もうひとつ、書面を出させる特則です。
条文民事訴訟法278条1項
民事訴訟法278条1項(尋問等に代わる書面の提出) 第二百七十八条 裁判所は、相当と認めるときは、証人若しくは当事者本人の尋問又は鑑定人の意見の陳述に代え、書面の提出をさせることができる。
簡裁では、証人や当事者本人の尋問、または鑑定人の意見陳述に代えて、書面を出させることができます。これも、相当と認めるとき、が要件です。地裁の205条は、証人の尋問に代える書面で、当事者に異議がないときに限られていました。しかも、210条は、205条を準用していません。つまり、地裁では、当事者本人の尋問を、書面で済ませることはできません。簡裁だけの特則です。当事者の主張を、書面でも十分に確かめられる事件が、簡裁には多いと考えられます。軽くした点は、ウェブ会議も書面尋問も、相当と認めればできること。手すりは、尋問を受ける場所の規律など、規則が定める条件です。
特則その4・5 和解に代わる決定と司法委員
図:簡裁の和解の道具の板
- 275条の2=金銭の支払の請求を目的とする訴えで被告が口頭弁論で原告の主張した事実を争わず何らの防御の方法も提出しない場合・被告の資力その他の事情を考慮して相当と認めるとき・原告の意見を聴いて・5年を超えない範囲で支払時期の定め又は分割払の定めをして金銭の支払を命ずる決定・決定の告知から2週間の不変期間内に異議で失効・異議がなければ裁判上の和解と同一の効力
- 279条=和解を試みるについて司法委員に補助をさせる又は審理に立ち会わせて意見を聴く・毎年あらかじめ地方裁判所が選任した者の中から事件ごとに裁判所が指定
- 民事訴訟規則172条=裁判官は司法委員が証人等に直接問いを発することを許すことができる
- 判断するのは裁判官
4つめは、和解に代わる決定、275条の2です。和解の回で、骨子を見た制度でした。思い出してください。金銭の支払を求める訴えで、被告が事実を争わず、何の防御もしないとき、裁判所は、和解が成立していなくても、どんな決定ができたでしょうか?被告の資力などを考えて、支払の時期や分割払を定めて、支払を命じる決定でした。条文の残りも、もう一度確かめておきます。原告の意見を聴いたうえで、5年を超えない範囲で定めます。決定の告知から2週間の不変期間内に異議があれば失効し、異議がなければ、裁判上の和解と同じ効力を持ちます。この決定は、あとで少額訴訟の支払猶予と、見比べます。今は、簡裁の特則のひとつ、とだけ覚えてください。5つめは、司法委員です。279条1項は、裁判所が必要と認めるときは、和解を試みるのを司法委員に補助させ、または審理に立ち会わせて、事件について意見を聴くことができる、と定めています。3項で、司法委員は、毎年あらかじめ地方裁判所が選任した人の中から、事件ごとに裁判所が指定します。
司法委員って、裁判官の代わりに決める人なんですか。違います。意見を聴くのが条文の定めで、決めるのは裁判官です。民事訴訟規則の172条は、裁判官が許せば、司法委員が証人などに直接質問できる、としています。民間から選ばれた人が、常識的な視点を持ち込み、和解を手伝う。市民の裁判に、市民の感覚を入れる仕組みです。軽くした点は、和解の補助や意見聴取に民間の人を使えること。手すりは、判断するのは裁判官だ、ということです。
簡裁の代理人——許可代理と司法書士
図:簡裁の代理人の板
- 54条1項本文=法令により裁判上の行為をすることができる代理人のほか弁護士でなければ訴訟代理人となることができない
- ただし書=簡易裁判所においてはその許可を得て弁護士でない者を訴訟代理人とすることができる・2項=許可はいつでも取り消すことができる
- 認定司法書士=簡裁での手続の代理が可能・条件は研修の修了と法務大臣の認定と司法書士会の会員・範囲は訴訟の目的の価額が140万円を超えないもの
- 代理できない=上訴の提起(自ら代理人として関与した事件の判決等に係るものを除く)・再審・強制執行
- 少額訴訟債権執行は代理できる
- 許可代理と司法書士代理は別の制度
簡裁の代理人です。Aさんは、弁護士は雇いたくありません。でも、できれば手伝ってほしい。そんなときの選択肢を見ます。まず、根拠になる54条です。
条文民事訴訟法54条
民事訴訟法54条(訴訟代理人の資格) 第五十四条 法令により裁判上の行為をすることができる代理人のほか、弁護士でなければ訴訟代理人となることができない。ただし、簡易裁判所においては、その許可を得て、弁護士でない者を訴訟代理人とすることができる。 2 前項の許可は、いつでも取り消すことができる。
地裁では、法令で認められた代理人のほかは、弁護士でなければ、訴訟代理人になれません。54条1項の本文です。簡裁だけは、ただし書で、その許可を得て、弁護士でない人を訴訟代理人にできます。許可は、2項で、いつでも取り消せます。訴訟上の代理の回で見たとおり、代理を頼むなら資格のある専門家に限る、が原則でした。素人では権利を守れないからです。ただ、8万円の事件で弁護士を探して頼むのは、割に合いません。そこで簡裁では、裁判官がその人を見て、事件ごとに許可する形で、弁護士でない人にも道を開いています。たとえば、Aさんが平日の期日に仕事で出られず、同居の兄に代わりに出てもらいたいとします。簡裁で許可を得れば、兄が訴訟代理人になれます。同じ兄でも、請求が200万円で地裁の事件なら、代理人にはなれません。もうひとつ、別の制度があります。研修を修了し、法務大臣の認定を受け、司法書士会の会員である司法書士は、簡裁で、手続の代理ができます。許可を得て代理人になる制度とは、別です。
範囲があります。訴訟の目的の価額が、140万円を超えない事件です。簡裁の事物管轄と同じ線です。上訴の提起は、自分が代理した事件の判決に対するものに限られます。再審と強制執行は、代理できません。ただし、少額訴訟で判決を取ったあとの、少額訴訟債権執行は、代理できます。あとで見ます。司法書士の代理は、平成14年の改正で認められ、施行は平成15年からです。それまでは、書類を作るところまででした。簡裁で本人を手伝える専門家を増やすための制度なので、範囲も、簡裁の線にそろえてあります。軽くした点は、弁護士でなくても、代理人を立てられること。手すりは、許可は取り消せること、司法書士には、研修と認定と、価額と手続の範囲の枠があることです。
少額訴訟の入口——60万円・金銭支払・年10回
図:少額訴訟の入口の板
- 368条1項=簡易裁判所で訴訟の目的の価額が60万円以下の金銭の支払の請求を目的とする訴えについて少額訴訟による審理及び裁判を求めることができる・ただし書=同一の簡易裁判所において同一の年に最高裁判所規則で定める回数(規則223条=10回)を超えて求めることができない
- 2項=申述は訴えの提起の際に
- 3項=その年の利用回数を届け出る
- 使えない請求=物の引渡し・確認など金銭の支払でないもの
- 業者の繰り返し利用を抑える趣旨
ここから、後半、少額訴訟です。まず、入口の条文です。
条文民事訴訟法368条
民事訴訟法368条1項〜3項(少額訴訟の要件等) 第三百六十八条 簡易裁判所においては、訴訟の目的の価額が六十万円以下の金銭の支払の請求を目的とする訴えについて、少額訴訟による審理及び裁判を求めることができる。ただし、同一の簡易裁判所において同一の年に最高裁判所規則で定める回数を超えてこれを求めることができない。 2 少額訴訟による審理及び裁判を求める旨の申述は、訴えの提起の際にしなければならない。 3 前項の申述をするには、当該訴えを提起する簡易裁判所においてその年に少額訴訟による審理及び裁判を求めた回数を届け出なければならない。
3つの絞りがあります。1つめ、請求額が60万円以下。2つめ、金銭の支払を求める請求であること。3つめ、同じ簡裁で同じ年に、規則で定める回数まで。その回数は、民事訴訟規則の223条で、10回です。たとえば、貸した物を返せ、という引渡しの請求や、ここが自分の土地だと確かめてほしい、という確認の請求です。金額が小さくても、少額訴訟は使えません。その場合でも、140万円以下なら、簡裁の通常の手続で訴えられます。Aさんの敷金返還は、お金の支払の請求で8万円ですから、使えます。1回で終わる手続を、本来使ってほしいのは、市民です。貸金業者のような人が、同じ簡裁に何件も持ち込めば、市民のための手続が、混み合ってしまいます。そこで、同じ簡裁で同じ年の回数に、上限を置きました。使うときは、3項で、その年の利用回数を届け出ます。申述の時期は、2項。訴えの提起の際です。あとから少額訴訟に変えたい、とは言えません。ここで、数字の板を完成させます。
図:数字の整理板
- 140万円=簡裁の事物管轄・認定司法書士の代理範囲・通常の簡裁の手続
- 60万円以下=少額訴訟・金銭の支払の請求に限る
- 年10回=同一の簡裁で同一の年に少額訴訟を求められる回数・規則223条
- 2週間=少額訴訟の判決に対する異議の期間・送達を受けた日から・不変期間
- 混ぜない=140万円は入口・60万円は少額訴訟・10回は利用制限・2週間は異議
140万円は、簡裁の入口と、司法書士の代理の範囲。60万円は、少額訴訟。年10回は、同じ簡裁での利用の上限。そして、2週間は、少額訴訟の判決に対する異議の期間です。この4つを、場面ごとに、分けて持っていてください。
手続の選択——原告の入口と2つの出口
図:手続選択の板
- 原告=訴え提起の際に少額訴訟を求める旨の申述368条2項
- 被告=通常の手続に移行させる旨の申述373条1項・最初にすべき口頭弁論の期日において弁論をし又はその期日が終了した後はできない=期日前の申述はできる・申述があった時に通常の手続へ移行373条2項
- 裁判所=職権で通常の手続の決定373条3項4類型=1号368条1項違反・2号届出を命じたのに届出がない・3号公示送達でなければ呼出しできない・4号少額訴訟で審理裁判するのを相当でないと認めるとき
- 決定に不服申立て不可373条4項・指定した期日は通常の手続のものとみなす373条5項
- 安全弁=民事訴訟規則222条
少額訴訟は、原告が求めたら、そのまま進むのでしょうか。入口で選ぶのは、原告です。そのあと、途中で通常の手続に切り替える出口が、被告と裁判所に、1つずつあります。条文です。
条文民事訴訟法373条
民事訴訟法373条1項〜3項(通常の手続への移行) 第三百七十三条 被告は、訴訟を通常の手続に移行させる旨の申述をすることができる。ただし、被告が最初にすべき口頭弁論の期日において弁論をし、又はその期日が終了した後は、この限りでない。 2 訴訟は、前項の申述があった時に、通常の手続に移行する。 3 次に掲げる場合には、裁判所は、訴訟を通常の手続により審理及び裁判をする旨の決定をしなければならない。 一 第三百六十八条第一項の規定に違反して少額訴訟による審理及び裁判を求めたとき。 二 第三百六十八条第三項の規定によってすべき届出を相当の期間を定めて命じた場合において、その届出がないとき。 三 公示送達によらなければ被告に対する最初にすべき口頭弁論の期日の呼出しをすることができないとき。 四 少額訴訟により審理及び裁判をするのを相当でないと認めるとき。
1つめの出口は、被告の申述です。Bさんは、少額訴訟ではなく、通常の手続で争いたい、と言えば、通常の手続に移ります。申述があった時に、移行します。2項です。なぜ、被告にこの申述を認めるのか。少額訴訟を選ぶのは、原告です。被告は、自分で選んでいないのに、1回で終わる軽い手続に乗せられます。だから、被告にも、通常の手続でじっくり争う道を残しています。問題は、いつまでに言えるか、です。1項のただし書です。「被告が最初にすべき口頭弁論の期日において弁論をし、又はその期日が終了した後は」できない。具体例で確かめます。Bさんが、期日の前に、裁判所に書面で「通常の手続でやりたい」と申述した。これは、できます。期日が始まって、Bさんが壁紙の費用の話など、実質的な弁論に入ってしまった。そのあとは、もうできません。期日が終わったあとも同じです。ただし書は、弁論をしたあとと、期日が終わったあとを、閉じている。期日の前は、閉じていません。2つめの出口は、裁判所が職権でする決定です。3項の4つの場合です。1号は、60万円を超えるなど、368条1項に違反して少額訴訟を求めたとき。2号は、利用回数の届出を命じたのに、届出がないとき。3号は、公示送達でなければ、被告を呼び出せないとき。そして4号は、少額訴訟で審理や裁判をするのを、相当でないと認めるときです。事件が複雑で、1回では済まない、というようなときです。この決定には、4項で、不服を申し立てられません。移行すると、すでに指定した期日は、通常の手続のものとみなされます。5項です。
原告が入口で選び、被告と裁判所が出口を持つ。軽くした分の手すりが、民事訴訟規則222条です。
条文民事訴訟規則222条
民事訴訟規則222条 第二百二十二条 裁判所書記官は、当事者に対し、少額訴訟における最初にすべき口頭弁論の期日の呼出しの際に、少額訴訟による審理及び裁判の手続の内容を説明した書面又は電磁的記録を送付しなければならない。 2 裁判官は、前項の期日の冒頭において、当事者に対し、次に掲げる事項を説明しなければならない。 一 証拠調べは、即時に取り調べることができる証拠に限りすることができること。 二 被告は、訴訟を通常の手続に移行させる旨の申述をすることができるが、被告が最初にすべき口頭弁論の期日において弁論をし、又はその期日が終了した後は、この限りでないこと。 三 少額訴訟の終局判決に対しては、電子判決書又は電子判決書に代わる電子調書の送達を受けた日から二週間の不変期間内に、その判決をした裁判所に異議を申し立てることができること。
書記官は、呼出しのときに、手続を説明する書面か電磁的記録を、送ります。裁判官は、期日の冒頭に、証拠は即時に調べられるものに限ること、通常の手続への移行を求められること、判決に異議を出せること、この3点を説明します。素人が、知らないまま手続に乗ってしまわないための、手すりです。
1回の期日で終わらせる——逆算でわかる特則群
図:一期日審理の逆算図
- 370条=最初にすべき口頭弁論の期日において審理を完了する・攻撃又は防御の方法は期日前又は期日ですべて提出
- 逆算=369条反訴禁止・371条即時に取り調べることができる証拠に限る・372条証人の尋問は宣誓なしでよく尋問順序は裁判官が相当と認める順序・374条口頭弁論の終結後直ちに判決言渡し・376条請求認容は職権で仮執行宣言
- Aさんの証拠=契約書・退去時の写真・見積書をその場に持参・証人は同行
少額訴訟の中心にある条文は、370条です。
条文民事訴訟法370条
民事訴訟法370条(一期日審理の原則) 第三百七十条 少額訴訟においては、特別の事情がある場合を除き、最初にすべき口頭弁論の期日において、審理を完了しなければならない。 2 当事者は、前項の期日前又はその期日において、すべての攻撃又は防御の方法を提出しなければならない。ただし、口頭弁論が続行されたときは、この限りでない。
最初の期日で、審理を完了する。そのために、攻撃防御の方法は、期日の前か、その期日で、すべて出します。ここから、残りの特則が逆算されます。Aさんなら、壁紙の傷みは通常の使い方によるものだ、という主張と、退去時の写真。Bさんなら、張替えが要るほど傷んでいた、という反論と、その裏付け。勝つための言い分と証拠を、その日までに全部出し切る、ということです。まず、反訴の禁止と、証拠の制限です。
条文民事訴訟法369条・371条
民事訴訟法369条・371条(反訴の禁止・証拠調べの制限) 第三百六十九条 少額訴訟においては、反訴を提起することができない。 第三百七十一条 証拠調べは、即時に取り調べることができる証拠に限りすることができる。
1回で終わらせるなら、反訴で話を広げられては困ります。たとえば、BさんがAさんに、別の貸し借りの請求を、反訴で起こしたとします。そうなれば、別の争点が増え、1回では終わりません。反訴は、別の訴えとして起こします。これは、異種の訴訟手続は併合できない、という、訴えの客観的併合の回で見た考え方と、同じ根っこです。証拠調べは、即時に、その場で調べられる証拠に限られます。Aさんなら、持参した契約書、退去時の写真、見積書。同行した証人。Aさん自身への尋問。逆に、鑑定や、調査嘱託、文書提出命令のように、時間がかかる証拠は、実務上は難しい、と理解されます。条文は、「即時に」とだけ書いています。証人尋問も、軽くなっています。372条です。
条文民事訴訟法372条
民事訴訟法372条(証人等の尋問) 第三百七十二条 証人の尋問は、宣誓をさせないですることができる。 2 証人又は当事者本人の尋問は、裁判官が相当と認める順序でする。 3 裁判所は、相当と認めるときは、最高裁判所規則で定めるところにより、裁判所及び当事者双方と証人とが音声の送受信により同時に通話をすることができる方法によって、証人を尋問することができる。
証人に宣誓をさせなくてよい。尋問の順序は、裁判官が相当と認める順序でよい。3項は、電話会議のように、音声だけで証人を尋問できる、という定めです。さっきの277条の2のウェブ会議は、映像と音声。3項は、音声だけです。別の仕組みです。軽くした点は、反訴禁止、証拠の制限、宣誓の省略。素人が、1日で自分の言い分を出し切れるように、整えています。手すりは、前の節の、期日の冒頭の説明と、どうしても1回で終わらないとき、特別の事情があれば続けられる、370条1項の例外です。
判決——直ちに言渡し・調書判決・職権仮執行
図:少額訴訟の判決の板
- 374条1項=口頭弁論の終結後直ちに言渡し・相当でないと認める場合を除く
- 2項=電子判決書に基づかない言渡しができる・254条2項と255条を準用=調書判決
- 254条1項は一定の要件が必要だが少額訴訟には要件の付加がない
- 376条1項=請求を認容する判決は職権で仮執行の宣言をしなければならない
- 259条1項=申立てか職権でできる→少額訴訟は必ず
判決です。
条文民事訴訟法374条
民事訴訟法374条(判決の言渡し) 第三百七十四条 判決の言渡しは、相当でないと認める場合を除き、口頭弁論の終結後直ちにする。 2 前項の場合には、判決の言渡しは、電子判決書に基づかないですることができる。この場合においては、第二百五十四条第二項及び第二百五十五条の規定を準用する。
1項は、口頭弁論が終わったら、直ちに言い渡す。Aさんは、その日のうちに結論を聞けます。2項は、電子判決書を作らずに言い渡せる、という定めです。254条2項と255条を準用していますから、言渡しの内容を、書記官が電子調書に記録する、調書判決の形です。判決の言渡しの回で見た、254条1項の調書判決は、被告が争わず何の防御もしない場合や、公示送達で呼び出した被告が出てこない場合で、しかも原告の請求を認めるときに限る、という扱いでした。少額訴訟では、374条2項で、そうした要件を付けずに使えます。なぜか。判決書を書くには、時間がかかります。1回の期日で審理を終えて、その日のうちに結論を伝えるには、判決書ができるのを待てないからです。これが、軽くした点です。もうひとつ、376条です。
条文民事訴訟法376条
民事訴訟法376条1項(仮執行の宣言) 第三百七十六条 請求を認容する判決については、裁判所は、職権で、担保を立てて、又は立てないで仮執行をすることができることを宣言しなければならない。
請求を認容する判決には、裁判所が職権で仮執行の宣言をしなければなりません。地裁の259条1項は、申立てか職権で「できる」という定めでした。少額訴訟では、「しなければならない」です。勝ったAさんは、確定を待たずに、すぐに執行に進めます。軽くした点は、直ちに言渡し、調書判決、職権の仮執行宣言。手すりは、この次の、支払猶予と、そのあとの異議です。
支払猶予・分割払の判決——なぜ判決で期限を変えられるのか
図:375条の板
- 請求を認容する判決をする場合・被告の資力その他の事情を考慮して特に必要があると認めるとき・判決の言渡しの日から3年を超えない範囲で認容する請求に係る金銭の支払について支払時期の定め又は分割払の定め・併せて遅延損害金の支払義務を免除する旨の定め
- 分割払の定めをするときは期限の利益の喪失の定めが必須2項
- この定めに関する裁判に不服申立て不可3項
- 例=Aさんが勝訴・Bさんは年金暮らしで一括は難しい→分割払の定め
- 正当化の考え方3つ=1少額訴訟を選んだ原告は裁判所の合理的判断に委ねたという黙示の同意・2被告が事実上倒産に近い状態なら実体権の変更もありうる・3審理で発生の経緯その後の返済被告の現状と将来の見通しまで話し合われその弁論の過程を反映した結論を出すのは当然
- 少額だから例外にしてよいわけではなく審理の過程で事情が明らかになることが支え
Aさんが勝ったとします。ところが、Bさんは年金暮らしで、8万円を一括で払うのは難しい、と法廷で話しました。375条です。
条文民事訴訟法375条
民事訴訟法375条(判決による支払の猶予) 第三百七十五条 裁判所は、請求を認容する判決をする場合において、被告の資力その他の事情を考慮して特に必要があると認めるときは、判決の言渡しの日から三年を超えない範囲内において、認容する請求に係る金銭の支払について、その時期の定め若しくは分割払の定めをし、又はこれと併せて、その時期の定めに従い支払をしたとき、若しくはその分割払の定めによる期限の利益を次項の規定による定めにより失うことなく支払をしたときは訴え提起後の遅延損害金の支払義務を免除する旨の定めをすることができる。 2 前項の分割払の定めをするときは、被告が支払を怠った場合における期限の利益の喪失についての定めをしなければならない。 3 前二項の規定による定めに関する裁判に対しては、不服を申し立てることができない。
請求を認容する判決をするときに、被告の資力などを考えて特に必要があると認めれば、判決の言渡しの日から3年を超えない範囲で、支払の時期を定めたり、分割払にしたりできます。さらに、その定めどおり払えば、訴え提起後の遅延損害金を免除する、と定めることもできます。2項で、分割払にするなら、払わなかったときに残りを一括で払う、という期限の利益の喪失の定めが必須です。3項で、この定めに関する裁判には、不服を申し立てられません。支払の期限は、権利の内容そのものです。従来は、和解で当事者が合意するなら変えられても、判決で一方的に変えるのは難しい、と考えられてきました。なぜ、判決で変えられるのか。説明の仕方として、考え方が、3つ挙げられます。1つめは、黙示の同意です。少額訴訟を選んだ原告は、裁判所が合理的に決める結論に、委ねたのだ、という考え方です。2つめは、被告が事実上倒産に近い状態のとき、実体の権利の変更も、あり得るという考え方です。3つめは、審理で、お金が生じた経緯、その後の返済、被告の現状と将来の返済の見通しまで話し合われる。その弁論の過程を反映して結論を出すのは、むしろ当然だ、という考え方です。この3つは、どれが通説、と決まった形で整理されているわけではありません。ここでは、3つめの見方で、375条を読んでいきます。少額だから例外にしてよい、という話ではありません。あくまで、審理の過程で、事情が明らかになったから、判決でも猶予を決められる。そう考えると、375条が「特に必要があると認めるとき」と絞っていることとも、つながります。
ここで、決定との違いを確かめます。さっきの275条の2と、混ぜないでください。
図:275条の2と375条の対比板
- 275条の2=決定・5年を超えない範囲(異議期間の経過時から数える)・決定の告知から2週間の不変期間内に異議があれば失効・異議がなければ裁判上の和解と同一の効力・簡裁の通常の手続でも使える・被告が事実を争わず防御方法も出さない場合
- 375条=判決・3年を超えない範囲・判決の言渡しの日から数える・この定めに関する裁判だけは不服申立て不可(判決そのものには異議が出せる)・少額訴訟のみ・請求認容判決をする場合
- 混ぜない=決定は異議で消える・判決の猶予の定めはそれだけを不服として申し立てられない
275条の2は、決定です。5年を超えない範囲で、数え始めは、異議の期間が過ぎた時からです。異議があれば、失効します。簡裁の通常の手続でも使えます。375条は、判決です。3年を超えない範囲で、数え始めは、判決の言渡しの日からです。猶予や分割の定めに関する裁判には、不服を申し立てられません。判決そのものには、次の節で見るとおり異議を出せますが、猶予の定めだけを取り出して、不服として申し立てることはできない、ということです。使えるのは、少額訴訟だけです。決定の5年、判決の3年。決定は異議で消える。判決の猶予の定めは、それだけを不服として申し立てられない。この対で、覚えてください。軽くした点は、判決で支払の時期や分割を決められること。手すりは、特に必要がある場合に限ること、期限の利益の喪失の定めが必須であること、3年を超えられないことです。
不服申立て——控訴ではなく異議
図:不服申立てのフロー
- 地裁の判決=控訴できる
- 少額訴訟の終局判決=377条控訴できない→378条1項=電子判決書又は電子調書の送達を受けた日から2週間の不変期間内にその判決をした裁判所に異議・その期間前の異議も有効→379条1項=適法な異議で口頭弁論の終結前の程度に復し通常の手続で審理及び裁判→379条2項=369条反訴禁止・372条2項・375条支払猶予を準用→380条1項=異議後の判決に控訴できない・2項=327条特別上告は可能
- 異議は上訴ではない=同じ裁判所への不服・抗告でもない
- 注意=異議の申立てだけでは強制執行は止まらない
Aさんが勝訴し、Bさんが、判決に不満だとします。少額訴訟には、控訴ができません。377条です。
条文民事訴訟法377条・378条1項
民事訴訟法377条・378条1項(控訴の禁止・異議) 第三百七十七条 少額訴訟の終局判決に対しては、控訴をすることができない。 第三百七十八条 少額訴訟の終局判決に対しては、電子判決書又は第二百五十四条第二項(第三百七十四条第二項において準用する場合を含む。)の規定により当事者及び法定代理人、主文、請求並びに理由の要旨が記録された電子調書の送達を受けた日から二週間の不変期間内に、その判決をした裁判所に異議を申し立てることができる。ただし、その期間前に申し立てた異議の効力を妨げない。
控訴はできません。そのかわり、送達を受けた日から2週間の不変期間内に、その判決をした裁判所に、異議を申し立てられます。期間の前に出した異議も、有効です。不変期間は、裁判所が伸縮できない期間でした。2週間という数字は、和解に代わる決定への異議にも、控訴の期間にも出てきました。ただ、決定への異議は、決定を失効させます。判決への異議は、通常の手続に戻して、審理をやり直させます。同じ異議でも、効き方が違います。異議って、上訴の一種ですか。違います。上訴は、上級の裁判所に不服を持ち込む手続でした。異議は、同じ簡裁に出します。抗告でもありません。異議の手続の中身には、358条から360条が準用されます。異議権の放棄、不適法な異議の却下、異議の取下げです。異議が適法なら、どうなるか。
条文民事訴訟法379条1項・380条1項
民事訴訟法379条1項・380条1項(異議後の審理及び裁判・異議後の判決に対する不服申立て) 第三百七十九条 適法な異議があったときは、訴訟は、口頭弁論の終結前の程度に復する。この場合においては、通常の手続によりその審理及び裁判をする。 第三百八十条 第三百七十八条第二項において準用する第三百五十九条又は前条第一項の規定によってした終局判決に対しては、控訴をすることができない。
適法な異議があると、訴訟は、口頭弁論の終結前の程度に戻ります。通常の手続で、もう一度、審理と裁判をします。AさんとBさんの言い分は、通常の手続で、やり直されます。ただし、379条2項で、反訴の禁止や、支払猶予の375条は、準用されます。そして、異議のあとの判決にも、控訴はできません。380条1項です。異議を却下した判決も、含みます。2項で、特別上告の道は残ります。憲法違反を理由にする場合に限って、最高裁判所に持ち込めます。上訴の回で見た、原則3回まで、という三審制の例外です。三審制は、憲法が求めるものではなく、法律の設計でしたから、こうした例外も置けます。
縮めた分を、補っているのが、異議です。1回で終わらせた判決に不満があれば、同じ簡裁で、通常の手続にもう一度戻れる。実質審理を縮める代わりに、通常の訴訟に戻る道を、必ず残す。通常訴訟と特別訴訟の地図を見た回で、少額訴訟、手形・小切手訴訟、支払督促、この3つには、通常訴訟に戻る道が必ず残されている、と見ました。その、少額訴訟版です。異議後は、通常の手続で、じっくり審理を受けたのだから、そこで一審は完結、と整理されます。一点、注意があります。異議を出しただけでは、強制執行は止まりません。仮執行宣言が付いているからです。執行を止めたいなら、執行停止の裁判を、別に求める必要があります。403条です。
判決のあと——強制執行と少額訴訟債権執行
図:判決のあとの板
- 債務名義=強制執行の根拠になる公の文書・民事執行法22条=確定判決1号・仮執行の宣言を付した判決2号・和解調書等7号
- 職権の仮執行宣言付きなので確定前でも執行できる
- 執行文=債務名義に執行力があることを証明する付記・単純執行文が不要=民事執行法25条ただし書は少額訴訟における確定判決・仮執行の宣言を付した少額訴訟の判決・仮執行の宣言を付した支払督促(和解調書は含まない)
- 少額訴訟債権執行=民事執行法167条の2以下・金銭債権(預貯金・給料など)への強制執行を簡裁の書記官が差押処分で行う・債務名義を作成した簡裁に申立て・書記官の処分への不服は執行異議・司法書士も代理可
- 不動産・動産の執行は地裁・執行官
勝訴したAさんは、Bさんが払わないとき、どうするか。強制執行です。強制執行の詳しい仕組みは、民事執行法という、別の法律の領域です。ここでは、少額訴訟に関わる所だけ、確認します。強制執行は、債務名義という、執行の根拠になる文書に基づいて行います。民事執行法の22条が、債務名義を列挙しています。確定した判決、仮執行の宣言を付した判決、裁判上の和解の調書などです。少額訴訟の判決は、職権で仮執行宣言が付きますから、確定する前でも、執行ができます。もうひとつ、軽くした点です。通常、強制執行には、執行文という、債務名義に執行力があることを示す付記が要ります。少額訴訟の判決では、それが要りません。根拠は、民事執行法25条のただし書です。
条文民事執行法25条
民事執行法25条(強制執行の実施) 第二十五条 強制執行は、執行文の付された債務名義の正本(債務名義に係る電磁的記録がファイルに記録されたものである場合にあつては記録事項証明書、債務名義が電磁的記録をもつて作成された執行証書である場合にあつては公証人法(明治四十一年法律第五十三号)第四十四条第一項第二号の書面又は同項第三号の電磁的記録。以下同じ。)に基づいて実施する。ただし、少額訴訟における確定判決又は仮執行の宣言を付した少額訴訟の判決若しくは支払督促により、これに表示された当事者に対し、又はその者のためにする強制執行は、その債務名義の正本に基づいて実施する。
ただし書は、少額訴訟における確定判決、仮執行の宣言を付した少額訴訟の判決、仮執行の宣言を付した支払督促について、表示された当事者どうしなら、その債務名義の正本で、執行できる、としています。なぜ要らないのか。執行文は、この債務名義で、いま執行してよいかを、書記官が確かめて付けるものでした。少額訴訟は、少ない額を早く回収させるための手続です。判決に書かれた当事者どうしなら、その確認の手間を省いて、正本だけで執行に進めます。当事者が亡くなって相続人が引き継いだときなどは、通常どおり執行文が要ります。和解調書は、この中に入っていないんですか。入っていません。少額訴訟の中で和解が成立しても、その和解調書で執行するには、通常どおり執行文が要ります。もうひとつ、少額訴訟債権執行です。民事執行法167条の2以下が定めています。預貯金や給料のような金銭債権への強制執行を、簡裁の書記官が、差押処分という形で行う手続です。申立ては、債務名義を作った簡裁にします。書記官の処分に不服があるときは、執行異議です。司法書士も、この手続は代理できます。不動産や動産への執行は、地方裁判所や執行官が行います。軽くした点は、執行文が要らないこと、書記官の差押処分で債権執行ができること。判決のあとの負担も、軽くなっています。
今日の地図(保存版)
図:軽くした点と手すりの一覧
- 訴え提起=口頭・紛争の要点
- 手すり=定型の用紙・276条2項3項
- 続行期日の陳述擬制
- 手すり=提出した書面に記載した事項だけ
- 証拠調べ=ウェブ会議・書面尋問
- 手すり=相当と認めるとき・規則170条の2
- 和解・司法委員
- 手すり=判断は裁判官
- 代理人=許可代理・司法書士
- 手すり=許可の取消し・価額と手続の範囲
- 少額訴訟=一期日審理・反訴禁止・即時の証拠・直ちに判決・調書判決・職権仮執行
- 手すり=規則222条の説明・移行申述・職権移行
- 支払猶予=3年・期限の利益喪失の定め・不服申立て不可
- 不服=控訴の禁止
- 手すり=同じ簡裁へ2週間以内に異議で通常の手続へ・異議後は控訴不可・特別上告のみ
冒頭の問いに答えましょう。敷金8万円の返還を求めるAさんは、弁護士を雇わなくても、簡裁に訴えを起こせます。請求額は140万円以下ですから、簡裁。60万円以下の金銭の支払の請求ですから、少額訴訟を求められます。口頭で、あるいは定型の用紙で、紛争の要点を述べて、訴えを起こす。書面の準備は要らない。期日に、契約書や写真や見積書を持参して、1回で審理を終える。直ちに判決で、勝てば職権で仮執行宣言が付く。Bさんの事情によっては、判決で、分割払が定められます。4つ、振り返ります。1つめ、簡裁の特則は、地裁なら何条か、という対で覚える。口頭の訴え、準備書面の省略、続行期日の陳述擬制、ウェブ会議や書面による尋問、和解に代わる決定と司法委員です。2つめ、数字は混ぜない。140万円は簡裁の入口と司法書士の代理範囲。60万円は少額訴訟。年10回は、同じ簡裁での利用の上限。2週間は異議の期間です。3つめ、少額訴訟は、1回の期日で終わらせるという目標から、逆算してできた手続です。反訴禁止、即時の証拠、直ちに判決、調書判決、職権の仮執行宣言。そして4つめ、控訴はできず、同じ簡裁へ異議。通常の手続に戻り、その判決にも控訴はできません。最後に、通しの軸を、1枚に畳みます。軽くした点には、それぞれ手すりがありました。そして、一番大きな手すりが、異議です。実質審理を縮めた代わりに、通常の訴訟へ戻る道を残す。この型は、手形・小切手訴訟や支払督促でも、同じ形で出てきます。
参照条文
- 民事訴訟法270条
- 民事訴訟法271条・272条
- 民事訴訟法276条
- 民事訴訟法277条
- 民事訴訟法277条の2
- 民事訴訟法278条1項
- 民事訴訟法54条
- 民事訴訟法368条
- 民事訴訟法373条
- 民事訴訟規則222条
- 民事訴訟法370条
- 民事訴訟法369条・371条
- 民事訴訟法372条
- 民事訴訟法374条
- 民事訴訟法376条
- 民事訴訟法375条
- 民事訴訟法377条・378条1項
- 民事訴訟法379条1項・380条1項
- 民事執行法25条